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2006年11月19日 (日)

良い湯っだな、ハハっ!

 本日はしばらく振りの親孝行。この所足が痛い膝が痛い、と言っては遠出をしたがらない母の為、せめてもと塩江温泉へと出かけてみた。まあ親子でドライブは母が喋り手で私は聞き手。この時間がどうやら母にとっては癒しの時間のようで、大昔の事をあれこれ喋ってくれる。これは主役クラスに自分が入っていたりして、私にとってもなかなかに面白い物語。今日は内孫の小さい頃のクセをやたら想い出しては笑っていた。いつものことだが、亡くなった父が車椅子時代の事を、あそこにもここにも連れて行ったねえ、と懐かしむ。この所こうした過去の話が多いが、今日は特別に自分の結婚当時のエピソードを細かく教えてくれて、これが大変面白かった。一つ事柄を話すたびに、「時代だったんだねえ」というのが頭に付く。二人がお見合いの日、母は父と一言も言葉を交わさなかったんだそうだ。お見合いのあと、妹と一緒に3人で映画に行ったのに、席はバラバラで見たんだそうだ。ライオン館のニュース館というのがあったそうで、そこに入ったという事まで覚えていた。当時は男女席を同じゆうせず、式な風潮が色濃く残っていたから、別にそれで不思議でも何でもなかったらしい。それですぐに結婚を決めたというのだから、今から思うと嘘みたいな話しだ。確かに「時代」だったんだろう。
 面白かったのは、今おフランスに行ってるお嬢の話になって、一体あの行動力は誰に似たか、という時に、絶対私じゃないと言っていた母が、こうした昔の話しを想い出していく内に、ヒョッとしたら自分かも知れないと言い出したことだ。あの時代だのに、台湾とはいえ外国にお嫁に行くことに何の抵抗もなく、行ってからも一度も帰りたいとは思わなかったと言うのだ。何もかもが新しく、最初に着いたホテルでパパイヤの種を食べて「それは棄てるんです」と父に言われたことや、碌にテーブルマナーも知らずフルコースを食べたら最後のコーヒーの時に、でっかいスプーンが残って恥ずかしかった事やなんかが、ちっともイヤじゃなかったというのだ。二人でいつも手をつないでは映画に行き、ケンカも一度しただけだったとか。お見合いだったにもかかわらず、結婚してから二人は恋愛関係になったらしい。ほほえましい話しだ。まあ、そういう父との巡り会いが二十歳の母の外国暮らしを、嫌な物に感じさせなかったのだろうが、根っこには我が娘に通じるものがありそうだ。おばばのDNAはこうして受け継がれるのだ。

 今日の温泉はその名も「さぬき温泉」で、ひらがなに相応しい山深いところにあった。弟夫婦が教えてくれたので、きっと風光明媚なところだろうとは思ったが、ここまで鄙びたところとは思わなかった。お湯はさらっとしているが、とっても良くあったまる。一応鉄筋の建物で、湯治目的のお客さんも来ているみたいだ。露天風呂と書いてあったので、階段を途中まで下りると、ん?男性の声が!「おばあちゃん、ここ、混浴みたい!」「あらら、そりゃあかんわ」と引き返し、それでも念のためにお客さんに聞いてみると、男女のお風呂には仕切があるという。やれやれ、折角来たからやっぱり行こう、と又しても階段を下りていく。竹藪の中のこの露天風呂は確かに結構なものだった。ここまで来て、これに入らないというのはもったいない。次々と入れ替わり立ち替わり人が出入りするのを見送りながら、なが〜いことお湯に浸かっていた我々。流石に喉が渇いてどちらからともなく上がったが、汗が噴き出して、全然服が着られない程。一時間ほども休んだだろうか、今度は母が珍しく空腹を訴えたのでようやく車だ。ホントにたっぷりお風呂を楽しんだ。しかし、この温泉、知らなかったなあ〜。

 「戦争を語り継ぐ」という会があると聞くが、母の話の中にも、必ず戦争の頃の話しが混じる。こうした話しを、私も子供達に伝えなくてはならない。「アンタがお腹にいるときに、近所の人が絶対見るなと言うんだけど、見るなと言われても、空襲警報で表に出たら、トラックが目の前を走って、その荷台には死体やけが人が山積みで、どう見ても死んでいる母親の胸で血で真っ赤になった子供が泣いている姿やなんかを、目に焼き付けてしもうた。」「だからアンタは肝が据わってるんや」と来る。、、、まったく、もの凄い体験だ。いつも死が身近にあったということだから。

 母に長生きして貰いたい。もっと、話しを聞かせて欲しい。温泉ぐらい、いつでも連れてくから。

 

 

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