ケガのオンパレード!
額にキズ。小指にヒビ? 遂に足の甲にイーゼル落として、、致命傷かも!?
明日は病院だあ!
もうねましょ。
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額にキズ。小指にヒビ? 遂に足の甲にイーゼル落として、、致命傷かも!?
明日は病院だあ!
もうねましょ。
手ぐすね引いて待っていた娘のご帰還。バスで1時間ぐらいしか寝てないというのを「若いから少し寝たら大丈夫よ!」と保証して寝かせたら4時間たっぷり寝た。その間、夫もちょびっとパソコンしてると思ったら案の定お昼ね。シンとした家の中をあたしゃアチコチ掃除にいそしんだ。夕方そろそろ母を呼ぼうと電話したらいつもに似合わずなかなか電話に出ない。変だな?と切ろうとしたらしゃがれ声で母が出るじゃあないの。聞けばこのお方もお昼寝だったらしい。確かに今日は何となく身体がだるい感じではあったが、こうもみんながうち揃って寝ていたとは!?なんだか、すごく損したみたいな気分だった。
まだ眠そうなみんなのおしりを叩いて、「さあ、やるわよ!」と又しても信じられない量の夫の荷物の整理整頓だ。
この作業中に気付いたのは、女三代が、少しずつ体力腕力知力に差があるって事だ。力では絶対娘がダントツだ。腕力もしかり。我々は残る知力で勝負だが、それも少々妖しくなってきた。母は「この荷物の中味は?」と同じ荷物の中味を何度も訊く。私も段ボールの外に中味を書くのを忘れて想い出すのに時間が掛かる。、、、てことの繰り返しで、まあ、なんともかんとも、要領悪すぎ〜。今日のテレビで納豆の正しい食べ方ってのをやっていたが、あれを実践してせいぜい若返るとしようか!?ねばねばっ!
昔から練習したら落ち着く。練習がないときはどうも他の事に流されて歌うことに気が向かない。無理矢理気を向かせようとしても、苦しいばかりで、はかどらないという困った性格。多分、もの凄く歌うことが好きではないのかも知れない。少なくともI先生よりは断然そうだ。その上、本番近くなると、猛烈に映画に行きたくなったり、何か公演に関係ないことがしたくなる。そんなことしてる場合じゃないのは重々承知。でもなんだかそうなっちまう、困った性格。、、、そんな私にうってつけの依頼があって、前日にあるところで歌うことになった。シャンソン1曲の予定だから、丁度良いかも。、、まあ、なるようになるわい。I先生はこれからずっとアルコール抜きだそうだが、私は、、、もそっとお先で。
明日はお嬢が帰ってくる。東京からバスで帰り、そのまま我が家に歩いて帰り車を運転して弥勒公園まで蓮の花の写真を撮りに行くらしい。若いって良いよなあ〜。
今夜のニュースで15歳の少年が中学2年の女子を殺害した裁判の結果が報じられていた。「更正」に期待して、少年院に送るという。被害者の母親が涙ながらに無念さを訴えるという場面も出ていたが、最近のこの手の裁判にやりきれない思いがする。「目には目を」的な審判は確かに一時の心の平安をもたらすだろうが、さりとて仮に犯人が処刑されたら無念さが消えるかというと、、、、おそらく一生消えないだろうなあ。がしかし、犯人への温情、もしくは更正させようという慈悲はホントウに何かを生み出すモノだろうか?、、、人が人を裁くことの限界を感じてしまう、この頃の裁判劇だ。
、、、私の体力も限界、、、だ。
相変わらずこのあっついのに家の中をがたがたやっている。夫は「民族の大移動のようなことをやって、ストレスを溜めて疲労から病気になるようなことは止めろ」と簡単に仰るが、じゃあ、誰がやるの?と言いたい。あんさんの言う通りやっていたら1年経っても出来ないわ!と言い返したが、口は出しても手は出さないのが夫なのだ。このぼろ家も少しは住みやすくなるのを期待して頑張っているのだが、あのお方はぜ〜んぜん分かってない。主婦のストライキってのも良いかなあ〜?1年くらい。、、、んなこと言うと先頃結婚したてのSちゃんなんかがええ〜〜?って顔するだろうなあ。フフフ。
さっき夫の兄が危篤かもと連絡があり、病人の息子の車で病院へ駆けつける。予想通り体中に管を通されて、本人は意識不明。呼べども反応はない。しかし、これと同じ状態で「意識がありませんから」と言われて実際は全部聞こえていた例を何例も知っているから、会話には用心した。そして聞こえているつもりで声もかけてきた。74歳で心臓の手術を10時間以上もかけてやる自体、どうなんだろう?なんでも心臓の権威の先生が赴任したばかりで、その為に手術となったようだったが、、。ま、何もかも運命かも知れない。でも、私はこんな目には遭いたくないなあ。みんなそうだろうが、朝知らないうちに死んでた、てえのが一番良い。どうしたらそんなラッキーな死に方が出来るんだろう?暴飲暴食睡眠不足を重ねて肥満で多臓器不全でってえのはどうだろう?アチクシただ今予備軍だ。フフ。
あまりの疲労感で、マッサージ機にかかったがいつの間にか爆睡。少し寝たのが誘い水となり、もう〜眠いっ!。
あきません、、、、。
私のことではない。I先生がようやく乗ってきたようだ。大変遅いスタートだが、片足引けたまま終わるよりはよっぽど良い。新しい指揮者の先生をお気に入りなんだそうだ。外からそれが見えないところがにゃんともかんとも、、、!やれやれ。何はともあれ、屋台骨がその気になってくれないと成功も心許ない。
あたしゃ、午前中にめいっぱいの本業で、ほとほと疲れていたのが、ババ様がやってきて又しても私のおしりを叩く。この年寄りを動かしてはなるまいと、結局はこっちが動きすぎるのだ。まあ、少しづつ片づいては来た。これで娘が帰ったらしっかり手伝わせるつもり。
ず〜っとジムに行けてないが行かないでも行くより毎日汗を掻いている。、、、このところまあまあに涼しいのも有り難い。あれこれやりながら、私ってもしかして専業主婦も好きかも〜なんて事思ってみたり。、、、ま、今更無理だとは思うけど。
それにしても異常気象だ。それも世界中がおののいている。何か知らない不安要素がオゾン層辺りを巡っているなあ。鹿児島の被災者の方が頻りに「怖い怖い」と繰り返していたのが印象的だった。大自然の前に人間のなんとちっぽけな存在であることか!?
やっぱりアイーダはむちゅかしい〜。きっちり歌うモノもそれなりに難しいが、揺れるテンポというのも、自分の気持ちと指揮者のそれとがかみ合わないと、余り伺っているばかりでも面白くないし、勝手に歌っても音楽にならない。こりゃあ、大変だぁ。衣装どころの騒ぎじゃないぞ〜。フム。
遂に我が家に物置が来た。ということは、これからが正念場。何をどう動かしてどう納めるか。二階から下ろす作業を考えただけで又あの頭痛が襲ってきそうな恐怖がある。どっかに便利屋さん居ないかなあ?、、、。
しかし、ゴミというのは何故こうも溜まるのか。しかも黙って増えている。まるでこの近所のマンションが段々空を狭くしているみたいなもんで、何時の間にか我が家の空間が無くなっている。まあ、思い切ればまた元に戻るだけ、マンション建設よりはましか。しかし、毎日毎日出る紙のゴミも相当なモノだ。大体、夫も私も「事務局」なんてのをやる羽目になってから郵便物関係が増えた増えた。必要ない書類なんかも幅をきかせている。思い切って今回は沢山整理しようと心に決めた。、、、て、なんでそれがコンサートの前なんだ!あ〜あ。
メンバーが出演するというので、地元の偉人「久米通賢」を扱ったミュージカルに行く。何度か同じモノを舞台に上げているだけあって良くこなれていた。息もぴったり合い、ダンスにも乱れが少ない。作演出は我がちぇちぃりぁの「愛の妙薬」の演出家でもある。全体を通して彼女のセンスの良さが出ていた。そもそもこういうテーマをとり上げるというのが素晴らしい。彼も良く頑張っていた。というか、楽しそうだった。まあ、欲を言えば歌にもう少し迫力が欲しかった。作曲に問題がありそうだった。ソロは落ち着いたきれいな声でしっかり歌っていたなあ。ミュージカルは音楽が基本にあるんだから、、、と私なんかは思うけど、そう思わない人もいるからなあ〜。
行きは高速で行き、しっかり「おか泉」で私は「肉ひやし」母は「冷てんおろし」を30分待ちで食べる。家で真似しようと思ってのチャレンジだったが、肉がイマイチで後悔。母が半分寄越したので満足。ホールに着けば10分前。いつもの如く無駄がない。って、ところが駐車場が満杯。仕方なく母を降ろしてあたしゃお腹ごなしを兼ねて遠くへ駐車に行く。キャパ600くらいがほぼ一杯の盛況だ。雨が降ってるのにねえ〜。
そうなんだ。雨が降ろうと、遠かろうと美味しいモノには駆けつけるし、楽しいモノにははせ参じるのが人間てモノだ。行列だって出来るんだ。〜おか泉の行列は帰るときはまだ増えていた!
帰っておろろいた。夫が玄関に粗大ゴミとおぼしきものを山のように出している。とうとうやる気になったみたい。やれやれ。明日雨じゃなきゃぁ業者さんが来てくれるんだけどなあ。
その後パンフレット作りにやってきたTさんとあれやこれややりながら一応完成。11時半までかかっちゃったなあ〜。でも良いのが出来たと思う。彼女はしっかりした女性らしいモノを作ってくれた。みんな色んな才能があるもんだ。有り難いなあ。彼女と一緒の夕食で賑やかに過ごせて誰が嬉しかったって、本日良く働いたご主人様だったようだ。いやあ〜助かった。
どうも疲れが取れない。本日レッスン9名のI先生も同様で、今日はマッサージ機が大活躍。ただ今夫もそこで熟睡だ。多分天候のせいもあるが、みんな年齢以上に働いているからだろう。「停年」というのはあながちいい加減な設定でも無いのかも知れない。
メンバーが衣装に取りかかり始めた。いよいよだ。、、、って、私何着るんだろう?着るモノあったっけ?っていうか、合うモノあったっけ?げっ!
今日は音楽の新人演奏会だったが、一番気になったのがステージ上でのちぐはぐさだった。マナーがバッチリだとそれだけで、出てきたところから信頼感がある。女性がスカートの裾をふんずけるなんてのは可愛いもんだが、男性が曲と曲との間の拍手を無視して、さりとてどうして良いか分からずあっちゃこっちゃ落ち着き無く見回したり、鼻をいじったり、髪の毛をさわったり、両手をわざとらしく合わせて揉んでみたり、、、ってえのは見苦しい。ご多分に漏れずその彼の歌はムムム、、、であった。そりゃあクラシックで何曲か続いてるとき拍手をしないのは一応礼儀だろうが、この新人演奏会は新人をみんなが応援してあげようというハッキリした目的で聴きに来ているわけで、決して凄いから拍手してるわけではないのだから、当然応えるべきではないの?ほんの少しの会釈くらい、あった方が絶対良い。女性の方はそれでも精一杯の舞台をつとめていたような気がするが、、、といっても夕方からの我々の演奏会の打ち合わせに手間取り、着いたらソプラノが最後の曲を歌った後だった。アンコールで大きなドレスの裾をさも大変そうに抱えてアンコールに応えていたところを拝見。みんなの笑いを誘ってはいたが可愛かった。最後に一列になっての挨拶もちぐはぐで、、、、いやはや、、。
舞台でキャリアをもつということは事ほど左様に難しく訓練が要るってこと。でも、教える人が「形」でなく、「ハート」を教えたら、もっと良くなるのではないか。
まあ、事業家がこうした新人養成のための演奏会を完全にバックアップするというのは素晴らしい。今後も是非続けて欲しい企画だ。
ホール利用に当たって案の定サンポートは大変だ。毎度の事ながらやれやれだ。多目的に作られたビルだからしょうがないのだろうが、、、。少しは改善もあったようだが、まあ、これがお役所だろう。
短歌が一応完成だが、イマイチ自分では納得できてない。集中する時間が余りに少ない。でも明日は出すぞ〜。ガラコンに向けて追い上げだ!だって今日は新聞で見たから参りますと電話が2件。2000人のホールのパンフレットにもちゃ〜んと我がちぇちぃりぁのガラコンチラシが挟み込まれていた。他のはぜ〜んぶお金がかかってる〜!っていうチラシだが、こっちのは手作り〜ってかんじで、逆に目立っていた。これで良いのだ。ふむふむ。、、、頑張らねば!
訳あって裏の年季の入ったゴミをうんとこさ整理中。午前中は本業にいそしみ、お昼もそこそこに始め、業者Aが予定よりも早く来てくれたため全部出し切れず無念、、。粗大ゴミが残っちまった。午後から来た業者Bは飛んで火にいる夏の虫。手ぐすね引いて待っていたおみっちゃんの手に掛かり、予定にない仕事をどんどんさせられる。しかも、予定の仕事を間もなく終了という時点で、急遽変更!させられた。な〜んて可哀想なBさん達イケメンの若い二人。ジュースとスイカで誤魔化されて、雨の中黙々と実に真面目にやった!世の中におばたりあんほど怖いモノはないと、若いくせに知ってるな!?アンさん達。ハハハ。それでよろしい。
てなことで、と〜ってもはかどった訳だけれろも、完了までは遠い道のりだ。明日か明後日大きな器がやってくる。すると、そこに二階からわんさか粗大ゴミの2歩手前のものを下ろし、詰め込む作業が要る。これを老婆と老婆にあとわずかのおばたりあんが二人でやるんだから、全く信じられない。我が家には男は居ても男手が無い。こっちは汗じっぷりでやってるのに、横を急ぎ通り抜けるだけ。ご苦労さんの声かけも無し。こんな理不尽が許されて良いのか!という怒りをエネルギーに換えて、頑張った!昨日とうってかわった夕飯で、マーケットのコロッケと南蛮漬けあたりで済ます。昨日フォアグラ今日コロッケ!バランスが取れてるなあ〜私の人生。く〜っ!
そう言えば、忙しく仕事中にちぇちのお姉さんがチラシを取りに来て妙な事を口走ってたなあ。どうもこの日記を読んであきれ果てての事らしかったが、「きっと太ったでしょう!?」といきなり言われて何も知らないお客さんも笑ってしまった。その笑いには当然「そうだそうだ」が含まれてると思うが、ムムム、、、。
あたしゃ、これでも人一倍働いてるんだわさあ。きっと今日一日の私の働きぶりを見たらみんな同情してくれると思うよ〜。今午前1時前。さっきご帰還の夫はとっととお休みに。考えたら今日は朝8時から夜24時まで15時間以上働いてる。腰が痛くなっても仕方がないなあ。
こんなだからたまには栄養も付けないとねえ〜〜。ねえ〜〜〜。(たまでもないか)
今宵も食事会。おフランス料理。なかなかに美味。一番お気に入りはフォアグラのトウモロコシパテサンド。これはぺろっと胃に収まった。コース料理は頭からしっぽまで気合いが入っている。渋めのコーヒーを飲みながら、急ぎ帰宅して夫の夕食を、、、と考えたことで、一気に気分がトーンダウン。一緒の友人達をせかして予定よりやや遅れぎみに帰宅。下準備をしていったお陰でまあものの5分で出来たわけだが、、、しかしなあ〜。ぼちぼち私も主婦業停年って事にして貰えないモノかなあ〜。
それどころか、今日は予約がないのを良いことに、本格的に家事を!というのも、子供達が帰省するのと息子が学生を連れて宿泊に来るというのを一気に解決するべく、物置と化している二階の部屋を、部屋に戻す事にしたのだ。その為にでっかい物置を購入。さて、それを入れるためにはまずスペースを空けなくてはイケナイ。せっせせっせと老婆と二人汗びっしょり泥まみれになりながら半分位は終えたか。いやあ〜、年期の入ったゴミが出るわ出るわ。その上に夫の収集マニアのお陰で余分なものが山ほどある。登山を想い出して足下からやっつけていったが、頂上まではまだまだだ。、、、こんなことが、演奏会前に必ず起きる。お陰で喉が又痛くなってきた。ふ〜っ。
今日ははるばるおきゃあままでシャンソンを聴きに行った。「パリ祭」は初めての経験だった。先日東京で行われた同じモノの情報は娘から入っていたが、実際にはキャストも違うし、別物を聴いたと想う。石井好子さんには驚いた。84歳だそうだ。今までどこで聴いてもあれが日本のシャンソン歌手の先駆者というのはねえ、、、?と疑問だったが、今日の歌は年齢からは想像できないすごさだった。24年後の自分を見ているようで、、、と一緒に行ったKさんに言うと、私もそう想いましたよ、と言われる。いや全く、好きというのは幾つになっても変わらないだろうし、多少声が無くなっても歌い続けるかもねえ〜。いやはや。
他の出演者は上手い人もいるが、全体にレベルが低いと思った。確かに音はキチンとしているし、リズム感も悪くないが、所謂シャンソンの表現力が極めて低いと、、、例えば、ある人の「雪が降る」はどう聴いても笑いながら歌っているようにしか聞こえない。又ある人はぶつぶつ歌詞が切れるので、意味が通じない。又ある人は不得意な音域で言葉が全く不明瞭。まあ、そんな中でリンダの「インシャラー」は劇的に歌って成功した。でも、これも意味不明のところが多かったのが残念。ローリーというロックの男性が「マイウエイ」を歌ったのは声と言い、歌唱力と言い、意外に良かった。
しかしあの大きなホールが満杯の盛況だ。おきゃあまにはシャンソン好きな人が大勢居るんだ。
今日も音楽会のあとなんじゃかんじゃと言いながらビールを飲んで、美味しいモノを頂く。明日も夕食会の予定が入っている。行き帰りの電車の中で暗譜に精を出したが、じっくり落ち着いて出来ない状態。は〜っ!どうすんべえ?
帰りはもしや終電が無いかもと駅からタクシー覚悟だったが、名案を思いつく。高松駅で高徳線の最終に乗り換え「木太町駅」で降りる。偶然来たタクシーで帰宅したら、1000円ぽっきりで済んだ。やった〜。
スポーツジムが遠のくなあ、、、。
今日はTさんのソプラノリサイタルだった。兼ねてから美声と噂の高い彼女は期待に違わず美しい豊かな声で観客を魅了した。日本歌曲をきっちり歌い、オペラアリアもお行儀良く丁寧に歌う。良い意味で教科書的だった。しかし一番私が見習いたかったのは「自由さ」だった。最後に彼女が歌った僕の声に翼があったならという歌ではないが、声に羽が生えて飛んでいくような、そんな歌い方が出来れば良いなあ。それには「回数歌うしかない」と言下に言ったI先生。ハイハイ。分かりましたとも。
そのあとは、NYに一緒に行った連中をKさんが呼んでくれてのバーベキューパーティ。お庭の緑を見ながら、、、少々食べ過ぎ。帰りはテクノで一人帰る。他の人々は全員高松駅までMさんの車で。あ〜眠たい。
昨日の日記。今呼んでみると全く意味不明のタイトルが付いている。ボケが始まったかのようだ。
今日の同窓会はただのお客だったからラクチンだったが、別な意味の大変さが!
殆どの人が確かに知っている顔なのに、名前を全然思い出せない。ネームを盗み見ながら会話を続ける。殆ど動かずに寄ってきてくれた人とのみ会話を交わしたが、それは何もお高くとまっているわけでも何でもなく、思い出せないという不安から、下手に話しかけられないだけなのだ。ある格好いい男性が「お久しぶり」とビールを注ぎに来てくれるが、彼がしきりに「懐かしいなあ」を連発するのに、半笑い状態。全く、全然思い出せない。外郭から責めていって、ようやくこの人と同じ塾に通っていたことが判明。そこから記憶の流れが堰を切ったように流れ始めた。やれやれ!でもいつもこううまく行くとは限らない。どんな角度から話しても全く思い出せない人もいる。恐ろしいことに、殆どの人が私の方を知っている。なので、こちらが思い出せないと言うことは大変失礼になるという、強迫観念に似たものが渦巻いて、楽しめないばかりか、ほとほと疲れたのだ。まあ、私は転勤族の子供だったから、どうしても目立ってはいたのだ。あちらが記憶してくれているのはまあ、当然と言えばそうだろう。そんな中で嬉しかったのは10年目にお会いした恩師が私の名前を覚えていてくれたことだ。聞けば何度か手術を繰り返し、耳も遠くなってこられたそうな。90近い訳だからそれにしてはお若い。
若いと言えば、先日の高校時代の同窓会といい、女性陣の若いこと!男性陣は殆どみんなしょぼくれている。いくらリタイアしたからと言って、そりゃあないっしょ!?ま、今は女が人生を楽しんでいる時代だから、、、。
疲れてる〜。
明日は中学の同窓会だあ〜。
ねるべ。
熱中症でも死んでしまうんだあ、とテレビニュースを見ながら自然界と人間の関係を考えてしまった。
そう言えば、先日から読み続けている般若心経の現代語訳だが、著者が科学者である故か、釈尊よりも科学の方が先を行ってるかのような高見から意見を述べているのが気になったなあ。どうも私は科学で割り切れない所に宗教的なものが存在する意味を感じるけどなあ。この本の著者は歌人でもあり、身体的な苦悩に人生の半分以上浸かって居る人だ。だからこそかも知れないが、科学者としての誇りや自尊心が優先しているのを感じる。、、、いずれにしても人間とは弱い生き物ものだということだ、、、。
今日のFMは声楽家で舞踊家で朗読の指導者で、オペレッタスクールの主宰者、ビーズのアーティスト、、、とマルチな女性。音大を出て素直に音楽の道だけに留まれなかったのは、幼い頃からの「宝塚」へのあこがれがその源らしかった。とにかく舞台が好き。舞台の上で作品を仕上げることの歓びにはまってしまったと言う。
ここ高松という小さな街にも、色んなエネルギーを持った人がいるもんだ。「オペラの楽しさを是非多くの人に分かって貰いたい」という点で私と一致した。しかし、小さい街であるが故の人の獲得競争に頭を悩ましていいる。いずこも同じか、、。今日はある雑誌社に団員募集の記事を依頼して成功。さあ、来てくれるかなあ?
ガラコンの記事もぼちぼち載せてくれそうだ。ふ〜っ。
今日も今日とて同窓会の反省会で友人の経営するお店に役員全員集合。世はハイテク時代。撮った画像をパネルに映し出し、集合写真の人物の名前割り出しに掛かるも、どうしても分からない人が8人ほど。役員が15人もいて、誰も知らない人がいこれだけいたというのは驚きだ。それが本人の変貌によるものか、はたまた、こちらのボケ具合によるモノか、、、判然としないが、まるで刑事物のドラマよろしく、映像をアップしてぼけたネームから名前を割り出そうと必死になる。主席者名簿から消去法でなんとかクリアしたが、ホントに大丈夫かなあ?送ったらクレームが来たりして!知〜らないっと!
ところで夕べはおきゃあまで、会場の係の手違いからいきなり音源無しの練習となってしまい、2時間びっちり発声練習だ。みんな嫌がるかと思いきや、楽しんで受けてくれたようだ。自分の変化よりもヒトの変化がよく分かり、それが面白いらしい。いやあ、声ってホントに面白いんだ。まるで心理学。私は声が出ませんと言ってた人が声を出していることを忘れるくらい色んな角度からあれこれ言っていると、信じられない位凄い声を出す人が出た。これだから止められない。まあ問題はこれを持続出来るかどうかだが、、、。
おきゃあまの行き帰りに少し寝て、頭がスッキリしたが、ある方から頂いた「般若心経」の現代日本語訳を持って行ったからさあ大変。さっと読んだときは「フムフム、なるほど!」だったのが、2回目は「ん〜ん、、、、。」3回目は「えええ????」4回目は「それって、もしかして、、、、?」5回目は「むにゃむにゃむにゃ」てな具合で、読むにつれて訳ワカメ状態に。なんちゅうむちゅかしい〜お経なんじゃあ!
流石に60年生きてきたら、瞬間的には「空」の境地になった如き感があったが、それは苦悩の中で偶然出会った真理というものだった。この様に積み上げられた思想ではなかった。当然ながら。
この「経」を我がものとするには、どっかに隠って修行するしかないか、、。ま、この比較的分かりやすい翻訳本で、概略が理解できても、身体に入って来るまでには時間が掛かるだろう。そして既に、これはこの詩人の解釈というか解説というかに色濃く縁取られたモノで、何となく、何となくだが、私の中に本能的な違和感もある。これがもの凄く売れたベストセラーだというのは分かる気がしたが、、、、。
てなことで、本日はフェリーの行き帰りがベッドになることもなく、事務所と化す事もなかった。、、、あなめずらしや〜。
午前中にシャンソン教室の準備。これまた泥縄だ。しかし、その最中にガラコンに向けてのスケジュール調整がゼロからのし直しとなる事件が!さあ大変。会場から指導者からメンバーから、連絡に次ぐ連絡でホトホト疲れた。なんだか、私自身も変。いつもの調子が出ない。頭を振ったら痛いようでは何もはかどらないわなぁ〜。
東京のパリ祭に行った娘が昨日電話であれこれ話してくれたが、シャンソンが今の若い人に受けないのは歌手達に責任がある、というのが彼女の感想だった。まあ私も来週は岡山に聴きに出かけるが、どんなもんだろうなあ?
そう言えば明日はおきゃまレッスンだ。フェリーは寝て行こう。って、又事務所化するかもなあ〜船が。
帰宅したらテレビで美容整形の特集をやっていたが、局側のコメントもおかしいところがいっぱいあった。美人じゃないかもしれないけど、充分可愛い女の子がコンプレックスから整形をするのだが、さもそれが当然のような言葉が出てくる。客観的に見て、そうかなあ?と疑問に思ったのだ。その女性がお父さんにそっくりで、娘が整形をするというのに反対も出来ず、でも賛成はしてないという苦渋の表情が撮られていた。この番組の中で3人の男女が整形したが、どれも結果は気持ち悪〜の顔になっちゃった。外人の写真に似せてくれと言う男の子にはほ〜んとあきれ果てて言葉もない。その彼の年上の女性友人がなかなかバランス感覚が優れていて、私が思ったことをずばずば言ってたのは好感が持てた。「あんた、分かってるの?大事なのは心だよ!そんな顔になって、流されないようにしな!」等々。でも、こんな彼にとって大切な言葉なんて多分彼の頭の中を素通りするんだろうなあ。
いやあ〜、世の中ホントに変わってきたなあ、、。
なあ〜んて仰々しいけど、今日のピアノの演奏会は悲惨だった。このところの体調不良と夕べの睡眠不足が原因だ。初めからヤバイと思って二階席の目立たないところに座ったが、案の定どうにもこうにも眠くて仕方がない。ああ、今すぐに眠れたらどんなに気持ちいいだろうと思いながら、睡魔と闘っていた。程なくその私にとっての上席の隣を空いてますか?と聞かれて仕方なく席を譲る。その内ピアニストのSさんが偶然又私の隣の席が空いてるかと問うので、お久しぶりの挨拶を交わし並ぶことに。結局最上級の睡魔との戦いを余儀なくされたのだ!演奏は力のある人の集まりで、その上、弦楽なども加わる場面もあり、連弾やら合奏やらソロやらと良いプログラミングがされてあり、こちらの状況次第では相当良い音楽会の観賞となったに違いないが、、、、無念。
夕べは多分疲れすぎて眠れなかったのだろう。こんな時に限って本業も予約が入り、午前中はびっちりお仕事。昼食を食べかねて飛び出しての観賞だった。そりゃあダメだろう。落ち着いて、気持ちと体調を整えて臨まなければ良い観賞も出来ないだろう。いやあ、反省反省。申し訳なくて案内頂いた出演者に行ったと言いにくいなあ。いやはや全くどうすんべえ〜。
お隣のピアニストにも、帰りに会った昔のメンバーにもチラシを渡し、やることは忘れてないぞ〜のおみっちゃんではあった。
今日は久しぶりの自分のレッスンだというのに、諸々の事情で、直前に大食いのはめとなった。しかもビールまで飲んだ!一緒に食べながら夫が「先生、レッスンの前にビールなんか飲むような生徒は止めたらどうですか?」な〜んぞと嫌みを言う。だって、一生懸命作った料理を自分が食べられないなんてそんな残酷なこと!しかもビールに良く合う料理になっちゃったんだもの!運転してる諸先生方には悪かったが、ええいっ!とばかり飲んで食べたは良いけど、ちと食べ過ぎみたい。出来るだけお互いのためにダイエットを心がけたメニューだったのだが、、。こんにゃくのちぎり炒め煮。たこと夏野菜のカルパッチョ。昆布の煮含め。朧豆腐の冷や奴。しめさばの大根おろし和え。グリンピースのフランス風煮物。豚ロースしゃぶサラダ。生たこの刺身。牛ロースとピーマンの醤油炒りしそ風味。具だくさん八丁味噌味噌汁。これらを友人から分けて貰った美味しい無農薬のお米を昆布で炊いたご飯に紀州梅としそ昆布を付けて。でえ、皆様は麦茶。私共夫婦はビール。近頃は招いた方が飲んで、招かれた方はお茶で我慢の時代。スンマッソ〜ン!
でも、レッスンはチャンとやりましたとも。ある実験の結果、いつもより良い声が出たようで、お褒めにあずかる。いやあ、声の開発も奥が深い。一つ分かったつもりでも又ぞろ別なことが出てくる。まだ完全な暗譜でないが、少しめどは立ったか、、、、。ヒック。
今日はちぇちの演奏会のチラシを三姉妹がやってくれて、それを志度ホールまで届けてくれた。いつもは印刷に出すこの作業も、なんとか安く上げたい思いの結果であった。一方で私も今日は忙しかった。マスコミ関係にチラシなど挨拶文を付けてFAXしたり、メールアドレスの分かっている方にはメールで取材の交渉をし足り、、、。明日から休業に入るところが多いから来週の返事待ちだろうなあ。2カ所からは既にお返事が来て目出度くメディアに乗ることになった。招待状の文面は明日会長に目を通して貰い完成。土壇場での指導者のスケジュールの調整が難しく、何本か電話とメールだ。、、、こうして、公演に向けて動きながら、一方では自分の歌の完成度が気になって気になって、、、、動けば動くほど、自分で自分の首を絞める結果となっている。仕方ない。いつものことだ。が、いつもと違うこともある。何しろヴォイトレと指揮者は外部からお願いして来て頂いた方だ。どうしても緊張度が違ってくる。しかし、どんな状況だろうと仕事はいつも通りやらなくてはイケナイし、時間が無いのもどうしようもない。密度の濃い時間を過ごすしかないのか。
明日は仕事の予約の他に久しぶりの訪問客があり8人分の夕食だ。さて、どうなる事やら。
昼間偶然つけたNHKBSで「野菊の如き君なりき」っていうふる〜い映画をやっていて、半分くらい済んでいたのに最後まで見てしまった。途中で友人がお弁当の差し入れを持ってきてくれて、一緒に見たが、ある台詞に二人ともぎょへ〜っ!と驚いてしまった。どうしても名前が思い出せないが私も昔好きだったおばあちゃん(なんとかトメ?クメ?)が「60歳というこの歳になって、今まで何が良かったって、おじいさんと出会って嫁入りした事じゃ。ほかのこたあ、な〜んもいらんこっちゃ。どっちでもええこっちゃ。なが〜い60年の中で、おじいさんと一緒になれた事のほか何んもええ事はなかった!」ぎょぎょっ!このもの凄いお婆さんが、我々と同じ歳!台詞はともかく、その背中の曲がったしわちゃくれのお婆さんが、自分と同じだとは、どうしても納得がいかないのだった。どうみても80歳くらいに見えるよねえ〜。と二人でため息やらショックの呻きやら、、、、。ムムムムム。
しかし、この映画には泣かされた。気持ちよく無理なく展開していく筋書きや、主人公の思い出や想像の場面は楕円形にトリミングして映すなど、全く今の映画では見ることがない分かりやすい表現に、作り手の思うがままの感情に駆られたのだ。さっきのお婆さんの台詞も良かった。最後は友人がいなければ号泣したかも知れなかった。それに、私にとっては別な楽しみもあって、昔は何処にでもあったありふれた光景、たんぼやあぜ道や、白い土塀のあるお屋敷や、決まり切った作りの庭などは、私が小さい頃よく連れられて行った母の実家や、父の転勤で何カ所か移り住んだ田舎の旧家の様子と重なり、ホントに懐かしさがこみ上げた。半世紀ほど前には日本は大体こんな風だったんだもんなあ〜。
しかしこの作品、出演者の名前が全然分からない。顔に見覚えはあるのに名前が思い出せない。新聞を見た友人が知らない主人公の名前以外は「他」としか書いてないとゲラゲラ笑う。ネットで検索してみても笠智衆、他、だもんなあ。田村高廣は別な死亡記事で分かったけど、、、古い映画になったんだなあ。しかし、良い映画には違いない。勿論原作が良いからだろうが。
そういえば、先日神戸で母と娘を部屋に残して、ホテルのビルにある映画館で、念願の「ダヴィンチ・コード」を見ることが出来た。ビールも飲んでいたので娘に「お母さん、絶対寝るわ」と断言されたが大丈夫だった。しかし、これは映画だけ観てもさっぱり分からないのではないか?矢張り本を読んで正解だった。ダヴィンチが秘密結社のメンバーだったらしいが、人間は禁止されたからといって、そう簡単には諦めないのだ。そんな例は宗教に限らずいっぱいある。昔日本でも華美は慎めというおふれに、商家の人々は着物の裏に豪華なモノを使ったとか。止むに止まれぬ欲求というか、自分の信じる思想は何らかの形で温存もしくは発展させようとするものだ。そうした圧力との戦いの中で人類の成長や文化の発展が遂げられてきたのだ。「それでも地球は廻る」と彼が言わなかったら、「リンゴが落ちるのは引力のせいだ」とあの方が言わなかったら、世界はどうなっていたか、、、。この映画は、いや小説はそうした天才達のことを再び世界が想い出すのに貢献したかも。
奇しくも世の中モーツアルト生誕祭で賑わっている。彼も秘密結社に居た一人だというのも、この映画が広まった理由の一つかも知れないなあ。
2週間前、スポーツジムにお風呂に入りに行ってからのご無沙汰でようやく少し身体を動かしに行く。鎮痛剤無しで今日で三日になるがまるで嘘のように痛くない。もしや昨日の歯科が正解だったのか?半信半疑ながら、まあ、なんでも良い。痛くなきゃ良いのだ。兎に角痛いところがあると生活に支障を来す。ただ、左の肩が異様に凝ってる状態は変わってないなあ。ま、単純な疲労かも知れない。
本日ご来店のお客様はキャリアウーマンだったのだが、杖をついていたからというのではなく、全体の雰囲気がすっかり変わり、一目で何かあったな、と分かってしまうほどの変容振りだった。訊けば自宅で少し降った雨の上を滑って転び、頭をかばって膝のお皿を割って仕舞ったとか。救急車で搬入され即手術だったそうだ。2ヶ月の入院生活とリハビリの苦しさですっかり感じが変わったようだ。10歳は老けたなあ。左だったので、オートマの運転が出来るとあって、ご自分で初めての外出だという。いやあ、人間、病気やケガでこんな風に変わってしまうんだ。気を付けねば!
その方とはいつも仕事の合間に社会情勢やら人間関係やら、教育やら、ファッション、文学の話しもする。見識のある方で、何かと教えられることが多い。今日もま、病院で矢張り本を沢山読んだらしかったが、その中のさだまさしが描いた小説について教えて貰った。あんまり上手く話してくれたので、聞きながら涙が出たほどだった。「コスモス」というのがその本のタイトル。農家に嫁いできた外国女性と姑の話で、いつも嫁いびりをしていた姑があるとき外の人たちからかばって上げたそうな。その時にコスモスの話しをして、この花はホントはもともと日本の花じゃなかった。しかし、今ではこの花を日本の花じゃないと嫌う人も居ないだろうし、むしろみんなに愛されてる。あんたもコスモスのようになるんだよ、、。と諭したというのだ。これは小説だが、さだまさしという人物の言葉としていたく感動したと言うのだ。な〜るほど。彼の様々なヒット曲の「詩」に通じるものがあるなあ。「関白宣言」で随分叩かれていたが、彼のあの「詩」は彼の一貫した理想郷なんだろう。
いつだったか、随分前の話しだが、仕事中に流れてきたFMの番組で、彼が頻りに強調していた事があって、それには私はずいぶんと同調したモノだ。彼が言うには「皆さん、女性はアブナイとよく言われるけれど、是非外国一人旅を経験してみて下さい。自分という人間を知るためには、これが一番。誰も知らない人ばかりの中で、言葉も違い、自分を形作ってると信じている諸々が一切無くなり、地位も自分が誰なのかも、言っても始まらない全くの裸同然になること。そういう状況に自分を置く事の大切さ。これは体験した人でないと分からないかも知れません、、」というような内容だった。これには私は全く同感したモノだ。彼ほど有名人でも何でもない、大した人間でないこんな自分でも、一応家族関わっている多くの友人知人が居て、色んな意味でサポートして貰って生きて行けてる。それらが何もなくなり、たった一人で異境の地に立つ時の、何とも言えない孤独感。あまりの重圧に、私は忘れもしないナポリの駅前広場でへなへなと膝をついてしゃがみ込んでしまったのだ。広い広場の遠景にナポリの人々の不審そうな様子が目の端に捕らえられたが、とにかく立ち上がれなかった。別にどっか痛いとか、気分が悪いというのではない。まるで自分が無くなってしまったかのような無常観とでも言えるかも知れない。、、、危険中の危険とされるナポリでのハプニングから、私を救ったのが「アメリカンチェリー」だったのだ。どっかから「何かお食べ」というメッセージが聞こえてきて、首をもたげると遠くに山盛りのフルーツを売ってる屋台があった。遠巻きに見ていたナポリの住民らしき人たちが何人かこちらに向かって来ようとしているのが目に入ったが、よろよろと立ち上がりまっすぐに屋台へと突進した。桃を1個買おうとしたが、1個はダメだという。皮をむかずに食べられるものをと探して、アメリカンチェリーを選ぶ。これが又山盛りだ。当時600円くらいで相当の数あったなあ。一粒をせわしなく口に入れて噛んだ瞬間じゅわ〜っと果汁が口の中一杯に広がり、「ああ、私は生きている!」と初めて実感したのだ。恐らくは旬の時期で、あれ以後何処でもあんなに美味しいチェリーに出会ったことがない。それからというもの、あたしゃ毎度毎度、あれを買い、いつも小脇に抱え込んでまるでお守りのように持ち歩いたモノだ。電車の中でもコンパートメントにイギリス人や、カナダ人、勿論イタリア人とも同じ座席になったことがあったが、いつもそのチェリーが会話の中を取り持ってくれた。車内を回ってくる車掌さんにも少し上げて愛想を振りまいて貰ったり、、、元気がなくなるとあれを買うのだ。
この体験は私にとっても貴重な体験となり、あれ以来少し強くなれたかなとも思うのだ。さだまさしは、その意味でも好きな人物となったのだ。
以前高松の居酒屋で彼と隣同士になったことがあったが、気さくな人だった。あの放送を聞く前だったのが残念だったが、、。
それはそうと、テポドンが発射されたなあ。なんか、テッポーがドンみたいなネーミングで滑稽な感じがするが、大変な兵器みたい。世の中何がどうなるか分からないなあ。今朝の政治番組でさんざん討論された挙げ句、最後に紅一点の女性コメンテーターが「ちょっと言いにくいんですけど〜」と断りながら、「どうでも良いんですけど、こういう事が起きると男の方って随分昂揚なさるんですよねえ。私なんか議論について行けないというより、ちょっと退いてしまいますけどねえ。」と言って、それまで気炎を上げていた男性達の顔に水をかけた感があったのは面白かったなあ。私が「リリーマルレーン」を歌うとき、「この曲は生命を生み育むという風に作られている女性は、みんな平和主義者だという思想の中から生まれた歌です」と説明するが、全くこの人もそういうことが言いたかったのではないか。ホントに男は戦いが好きだ!
予定よりも20分も早く到着したバスのせいで、早く行ったにもかかわらず5分遅れ。案の定母は停留所で不安そうに待っている。まあしかし、思いの外元気で、何が食べたい?と訊くと「何でも。特に欲しいモノはない。けど、お昼は結局食欲が無くてお好み焼きしか食べなかった」なんぞと言うところをみるとお腹が空いたのだろう。帰ってきてホッとしたのもあるだろうし、、。しかし、食べ過ぎは良くない。ので、○○食堂というこの頃流行りのご飯やさんへ。なるだけ胃に優しいものを取り、土産話に花が咲く。吉本は事前に座席指定が効かないとあって、心配していたが、電話予約で無愛想な女の子にめげずに「孫とおばあちゃんが行くので、出来るだけ前が良いんですが、、、」と言っておいた甲斐があり、前から4列目だったそうな。(言ってみるもんだ)充分堪能して、泣くほど笑ったそうだ。大阪で就職している甥にも会えて、元気な姿に安堵したとか、泊まったホテルがあんたと泊まったとこよりきれいで食事も美味しかったとか、、、際限のない話しに相づちを打ちながらの長い夕食となった。話している内に母の肩から力が抜けて行ってるのがよく分かる。今夜は良く眠れることだろう。
ところで今日はとうとう歯科医の門を叩くこととなった。予約してなかったが、近所の歯医者さんは私の訴えに丁寧に耳を貸してくれて、疑問を一つ一つ解消する作業を手伝ってくれた。「頭痛」と言ってもその原因はホントウに様々で、消去法でやっていくしかないでしょうねえと、、。虫歯もなければ、歯茎に異常もない。でも、朝起きて何となく歯が浮いた感じはある、と言うと、気になっている治療済みの歯を一度カバーをはずしてみようと、そうしてみたが、中はきれいだそうだ。でも、そこがはずれただけで、何となく今までと違う感じ。試しに夕べ初めて鎮痛剤を飲まずに寝たが、疲れているのもあり、明け方まで悪夢にうなされながらではあったが長く眠った。で、この歯の治療?からあと、頭痛が治ったのだ!完全かどうかは分からないまでも、就寝前の今、チクリチクリと時折痛む他は痛まない。ましてやあの激痛としか言いようのない痛みは姿を消した。もしかしたらカンが当たったかな?ああ、このまま治ってくれると良いんだけどなあ〜。は〜っ!
神戸は良かった。ミュージカルもそりゃあ日本を代表する人々の作品らしかったし、名湯、有馬温泉も確かに良かった。同じホテルに連泊して、レンタカーを借りての移動も正解。母は最初は嫌がっていたものの、遂に最後は車椅子に悠々とお乗り頂き、機嫌良く神戸牛に舌鼓も打ち、いわゆる「サンチカ」巡りも滞りなく進行した。、、、母を娘に預けて一人高速バスでちぇち練に駆けつけた事を除けば、とても良い旅だった。もしかしたら、これが最後の親孝行旅行になるかもと、一抹の不安がよぎる事件はあったが、、、。仕方ない。これが酉年生まれのバタバタ人生の私の宿命なんだ。母も許してくれるだろう。明日は機嫌良く吉本を観賞して何事もなく帰ってくれると良いのだが、、、。心配。なんてたって間もなく米寿だ。
母の心配もさることながら、自分自身もイマイチハッキリしない。ず〜っと鎮痛剤を飲み続けているから、一体あの激痛が無くなったのかどうかさえ、定かではない。今夜は試しに飲まずに寝てみようか、、。
それにしても本日お出ましの指揮者は予想通りのきっちり、かっちりの方。もっと早くからお願いしておくべきだったなあ、、、。多分この泥縄式のちぇち連に呆れてお帰り遊ばしたことだろう!あと1ヶ月だというに!この有様!いやあ〜。どうなるんだろうか!?ムムム、、、。
テレビと無縁の生活を送っていたら、なんでも皇居に舞い降りた不届きモノが世間をにぎわしているそうな。帰りを送ってもらったメンバーから橋本元総理の死去の話しと共に教えて貰う。そか。たった二日の隠遁でも世の中目まぐるしく動いていたのかあ、、、。