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2006年5月30日 (火)

観察。

 本日久しぶりにコトデン長尾線の最終便に乗った。岡山に行きは友人の車で行き、帰りはとにかく歩こうというスポーツウーマンの心意気だ。昔は当然良く電車に乗ったが、最近は乗らないので何だかおしりがむずむずする。段々落ち着いてきてヒマなので前の人を観察する。20代前半の会社員風の男性が足を思いっきり前に投げ出して腰掛けているが、眠ってるような眠ってないような、、、。唇に浮かんだ笑みが段々ハッキリした笑い顔になり、白い歯が見える。この若者は終電だが別に酔ってる風ではない。多分デートのアトかな?朝の連ドラに出てる男性とよく似てる。如何にも嬉しそうで、胸の内で「良かったね!」と声をかける。すると聞こえたかのようにパッチリと目を開けるので慌てて目をそらす。彼の自然な思考を妨げたくなかったのだ。再び目を瞑った彼は矢張り幸せそうな顔つきだ。やっぱり余程良いことがあったのだろう、、、。

 その前に乗ったフェリーでは、着岸直前の窓に映った光景が面白かった。私が見ているのはすぐ側のガラス窓。そこに映っているのが反対側の窓から見える光景で、県の駐車場ビルだ。その天井の明かりがどんどん流れていく様がこちら側の窓に映っているのだ。そして室内の様子がそれにかぶさり、もう一つ当然の窓の向こう側の光景、毒々しいネオン達も映っている。この3カ所の光景が一つの窓に流れて映る様は、複雑で、もしこれを何かで表現するとして、例えば「短歌」はどうだろう?無理なような気がする。様々ある表現の中で最もこの状態を正確に表すことが出来るのは矢張り映像だろう。と思った途端、そんなもの意味がない。という声が聞こえる。絵画はその光景から何かを感じさせる描写をするだろうし、作家は読者の想像力をかき立てる様な表現をするだろう。短歌や俳句はそぎ落とした言葉の奥に実像以上の実像を人々の脳裏に映し出すことだろう、、、etc。そうなんだ。それらは見たもの以上のものを表現するのだ。ふと思ったことはナンセンスなことだった。

 週末のシャンソン発表会に向けて最後の練習だったが、あれほど嫌がっていたみんなが、乗ってきてるのに驚いた。やっぱり、人前で歌うことは大切だ。みんな歌詞を覚えてきてるし、練習もしてきている。どんな会になるにせよ、ここまで来る道程に意味がある。、、、、、。

 

 

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