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2005年9月14日 (水)

「赤い月」

 なかにしれいの、自伝的小説が原作の芝居、文学座公演は展開の巧みな演出で面白かった。満州が舞台のこの作品は、終戦後に日本へと引き揚げてきた人々の模様が克明に描かれていて、私なんかは知らなかった世界のことで、ただただおぞましかった。
私自身が台湾からの引き揚げ者だが、台湾はとても友好的な国だったそうで、母の話しでは現地人に大切にされていて、むしろ帰りたくなかったくらいのものだったそうだから満州とは随分違うんだろう。日本が中国でひどいことをしていた事が、満州から懐かしい祖国へ帰る筈の引き揚げ者を、暗い船底に絶望と恐怖と懺悔と共に押し込めた。この芝居はしかし、余りに幼い目で地獄を見た作者が、「それでも生きろ」と母親に諭されて生きた結果彼の現在があることを伝えて、観る人に「生きる」ということは何よりもかけがえがない事だと強く訴えた。
 しかしまあ、この芝居の進め方は巧みとしか言いようがないものだった。一つのシーンに人物の過去と現在が混在し、観客の想像力のみに頼って展開される。役者の技量も高いせいで何の問題もなく、上手が「数時間前」、下手が「現時点」でも見るものには理解出来たのだ。右から左へと服装もそのままで数歩歩くだけのことで、時間の流れと場所の移動が全く違う空気まで演出されているのだから驚く。これに近いのはまれに観たことがあるが、ここまで徹底しているのは初めて。
 大正9年(我が母の誕生年で覚えた)から昭和21年までの満州が語られ、戦争によって砂上の楼閣を得た人々の心が、一時の豊潤から一気に転落し飢餓の暗黒へと滑り落ちていく様は、巨大な「力」の前には何も出来ない人間の脆さをくっきりと描いていた。どんなに財力を持っていても、戦争から逃れることは出来ず、紙幣の価値は意味が無くなる。「良心」や「モラル」といったモノはあっという間に人々の「孤独」や「弱い心」の救済のためにもろく崩れ去る。
しかし、この芝居は単なる反戦を描いたものではなく、「人間洞察」とでも言うべきものだと思った。体験から生まれたものであることが、一層の迫力をもって見るものに迫り、多くの人の自然な涙を誘った。

 芝居は面白いなあ。

 

 

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