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2005年4月23日 (土)

観劇のすすめ。

 地元で長く頑張っている劇団の公演に友人と出かける。その人は中学卒業以来会ってなかったが先日のミニ同窓会で会ってこの劇の話しになり急遽同行することになった妙な連れだった。しかし、行ってみればあの人もこの人も知り合いで、3日間、5回もある公演のよりによってこの日に合うことになるとは面白いモノだ。ざっと数えても10人の人と挨拶を交わしたのだ。おそらく100人も入らない全くの小劇場でこれだから、、、。高松は狭い。
 今日のパンフレットに「週末ゆっくりと夕食をとり、しばし現実を忘れハラハラドキドキの舞台を楽しむ、この極上の楽しみこそが大人のための成熟した文化であり、それを味わえなくて何が文化だと言いたい。」とあったのは、全く同感。「ごく少数のエセ文化人のために、多くの人達がこの大いなる楽しみを奪われてしまっている、、、」とも書いてあって、これもその通りと頷かざるを得ない。矢張りテレビの影響が大なのではないか?
子供が小さい頃、何ヶ月かテレビを一切観ないという月を設けて子供達に頑張らせたことがあった。友達と話があわないと言ってはぐずぐず言っていたが、その内自分なりの時間の使い方が出来るようになったし、友人とは適当に話しを合わせる術も覚えたようだった。まあそのことがどれ程の事を教えてくれたかは今となっては思い出せないが、家族全員がテレビに縛られない自由を経験してすがすがしい気分になっていたのは覚えている。いつの間にか元の生活に戻ったのだろうが、、、。関係ない話しかも知れないが、今日の昼間主人がアニメを見て食事をしていたため自分もしばらく見ることになった。まあなかなか良く作られている作品だとは思ったが、この登場人物が人間でないことからくる浅薄さはどうしてもぬぐい去れなかった。おそらくはこれは私の個人的感覚なんだろうが、人間の持つ複雑さは、そう簡単に表せるモノではないと思うのだ。例えば舞台に本物の人間と等身大の全く良く創られた人形を並べておいて、しばらく眺めるとしよう。私達はどちらをより長く眺めることになるだろうか?私の答は人間だ。人形の後ろには何もなく、人間の後ろには無限大の何かがあるから。、、、だのに、世の中は表面的なおもしろおかしの世界が拡がり、テレビ画面の中で人間のようなモノが蠢いている。、、、そんな中で今日のお芝居のようにやる人も頑張っているが満員の観客も贅沢な時間を共有出来ていたのは良い時間だった。

 

 

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