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2004年3月 7日 (日)

セビリアの理髪師。

 錦織なにがしのプロデュース公演の本日のオペラは、なかなか面白かった。コーラスが出てないのに舞台が広すぎて間が抜けるということもなく、歌い手の歌と演技の力関係もバランスがとれていて、それぞれに聴かせどころをクリアしていた。しかし全くの個人的な感想だが、本日の歌はやや退屈。特にフィガロの有名なアリア、「何でも屋の歌」は声はある人だのに、ちょいとでれっとした感じが、あの曲向きで無かったような、、、。きっと指揮者の責任なんだろうが、でもでも、指揮者(佐藤しのぶの旦那さん)に、あたしゃ惚れ〜ぼれ。丁度横から指揮ぶりを拝見したが、全ての歌詞を完全に覚えていて、歌手と一緒に歌っている。(オペラの指揮者たる者、みんなそうなんだろうが、、、)歯切れの良い手の動き、全身を若々しくみなぎらせて全体をリードしていく姿には、全く感動した。舞台をしっかりと見つめながら、出演者と一緒になって音楽を作り上げていった。ただ、私にはよく分からないが、ロッシーニという人のものは「軽さ」こそが必要で、あのロジーナの「今の歌声」もホントその点が一番難しい曲だと、練習の時さんざん言われ続けてきた。テクニックが前に出るように歌わなくてはイケナイのだ。だから全体として音楽そのものにはもっと「軽さ」があった方が良かったのかも知れない。その点今日のロジーナは良く歌っていたなあ。
バルトロ役のコミカルさが、「大笑い」でなく「クスッ」程度で、まあこんなところが一番受けていたのだ。プロデューサーの意図する「商業オペラ」は目的を果たしつつあるのだろう。

「これまで全く「オペラ」に無関係だった1億人にのぼる人たちは、未知で手つかずのマーケット。この巨大マーケットに参入するためには、新たなスローガンが必要であり、「商業オペラ」を名乗ることによって、その性格と目的と覚悟とが明確になる」と、とあるところに書いてあった。
その通り。今後はこんなオペラが増えてくるのかも知れない。

それにしてもテノールはスケールが小さいなあ。

 

 

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