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2003年10月27日 (月)

交代劇再び、、。

 決まったことが変わるというのは、それが人事となると感情抜きでは進まなくなる。機械的に事務的に処理するのはモチロン、ロスが無くて一番望ましいが、こと人間が絡むことはそう簡単ではない。例えそれが趣味の団体でもである。多忙を極めるHさんが本番を危ぶむ声があがる中で決定してから一度も練習に参加しないまま欠場となった。本番まであと1ヶ月半である。この役は全体の印象をも決めかねない重要な役だが致し方ない。生活の中で二番手に回らざるを得ない我々の公演なのだ。すぐさま相談に入るも、結論が出るまでにはかなりの空中バトルが、、、。こんな時は私はいつもじりじりしている。もし私が指揮が出来たら、、、もし私にバスが歌えたら、、、、たらたらたら、、、何の問題もなく手を挙げるだろう。しかし、鱈は所詮鱈止まり。鯛にはなり得ないのだった。じっと我慢の子を決め込んで、結論の出るのをひたすら待つ。
こういう局面にジャンヌダルクのように颯爽と現れるのが、ちぇちの看板娘S嬢である。やんわりと、しかも鋭く、的確な指摘をしては、結論へと導く。思わず「上手いっ!」と手を叩きたくなる。大の男二人、乙女にしてやられたり、、、の巻。急遽、Tさんが欠場の穴埋めに出演。I先生が指揮をすることになり一件落着。
 とかくこういう団体では、いろんな事が起きるもの。だからみんな少しずつ我慢してるんだ。まあいわば我慢の結晶かも知れない、舞台というものは。何か問題が起きた場合迷惑を被るのは当事者だけとは限らない。ちいさな石が池に波紋を描くように、全体に影響を与えずには置かない。それが団体というものだ。個人の感情は出来るだけ納めなくてはならないだろう。良い舞台を作るためには、、、だ。

 武者小路公秀という人が居る。国際政治学者であり、武者小路実篤の甥に当たる。柔和なお顔付きとお話しの仕方で忽ち人を引きつける魅力のある方だ。息子の師匠だということでお目にかかったことがあるが、今回自伝を出されている。帰国子女として当時かなり世間から辛い目にあったとか、その経験から平和主義へと移行していかれたようだ。今年まともに読む2冊目の本になりそうだ。

 

 

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