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2003年10月25日 (土)

映画のオハナシ。

 本日思いがけず時間がとれて、行けたら良いなあと思っていた森繁シリーズの最後の映画「社長太平記」と「恍惚の人」の二本立てに母を連れて行く。前者はおきまりのちょっと浮気症だけど、願望がいつも邪魔されて実現出来ない気の小さい社長さんと、へんてこりんな社員達のお話しで、単純におかしい。我慢しようとしても思わずブハッと吹き出してしまう。幸い観客は我々以外は数名で、自宅でテレビの感覚でも大丈夫な雰囲気。まあ、母と二人笑いに笑った。ホントに昔の人達は芸達者。何気ない仕草で笑わせてくれる。
 後者の方はうってかわって深刻なテーマ。老人ぼけを扱っているのだが、なんとも素晴らしい作品だった。一番印象に残ったのは、完全にぼけて娘も息子も分からなくなった森繁扮するおじいちゃんが、雨の降る中を徘徊。連れに来たお嫁さんと帰宅する途中あれはナンの花だろう?白黒映画だが、多分真っ白なクチナシのような気がする。その花が一面に咲き乱れて雨に打たれているのを笑みを浮かべながら、濡れるのも構わず見入っている姿。このシーンはとても長い時間を割いていた。おじいちゃんの笑顔が何とも言えない幸せに満ちていて、傍らのお嫁さんもすぐには促さず、しばらくその様子を微笑ましく見ていた、、、、このシーンがこの作品のテーマではないかと思う。食べることに異常に執着し、便をまき散らし、何もかも自分では出来なくなった哀れな老人が、尚人間として「生きている」という証のように、美しい花に感動している様子。この様子を見て、お嫁さんは初めておじいちゃんをいとおしく思い、人間として大切に扱おうとする。紆余曲折がありながらお嫁さんとの心の絆が強くなり、最初は迷惑がっていた彼女が家族の中で誰よりもおじいちゃんを愛し、そのおじいちゃんから、何か人として大切な物を受け取ったと、一人自分の世界に入ってジ・エンド。涙をぬぐいながら、母と帰る道々思わず私は母に「人はあんな風に何も出来なくなっても、そこに生きているというだけで、値打ちがあるのよ」と妙に一生懸命語ってしまった。そうなんだ、いつか母がそうなっても、生きて欲しいとしみじみと思ったのだ。

 昼間偶然観たケーブルテレビで、ジョン・トラボルタの対談や映画のシーンがあった。彼があんなにまじめな人だとは思わなかった。そして驚いたのは、彼が完全な夜型人間だったということ。毎日朝5時に寝る。で、お昼に起きるんだそうだ。ふ〜っむ世の中には似たような人が居るモンだ。しかし悟空。そこだけ似てもしょうがないぜよ。

 

 

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