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2003年9月

2003年9月30日 (火)

次のイベントへ、、、。

 日曜日のシャンソン発表会がやってきた。よくもまあ次から次へとあるもんだ。オペラのオーディションは予想通りの結果で不合格。まあ、私が指揮者でもあんな歌では通さなかっただろう。たった1週間で仕上げたつもりでも、本番ではやっぱり練習不足が出た。真剣に受かりたいと思ってきている人に申し訳ない状態だったんだから、仕方ない。まあ、音楽の専門家でなくおまけに若くもない人間が高松市民であるというだけで、こんな大役のオーディションに参加したというのには、多少の意味があったかも知れないが、、、。参加してみてなんだか楽しかったので、もし次回、私の声域に合った役があれば、再チャレンジしてみようと思う。それが、あらかじめ決められたキャストであろうと無かろうと、従って落ちるのが分かっていたとしても、その目標に向かって自分を高めていくのは、その過程が自分にとって意義がある。と心底思うから。人間は弱いもの。人間の中の人間と自負する私は、目標がないと自分を高められない。そして、その弱い私を叱咤激励してくれる師匠や友人に肩を押されて、初めてステップアップ出来ている。今の私が少し歌えるようになったのも、自分の力ではない。、、、、そう思えばこそのシャンソン教室である。私が受けてきた物を誰かにお返ししたいと思い、講座を続けているが、モチロン与えるばかりではない。教室の方々が少しでも上達していくのを見るのは、私へのご褒美でもある。といっても、人前での演奏の経験が殆ど無い人達が、何処まで日頃の力を出せるか、、、かなり疑問ではある。日曜日は又ぞろ胃が痛くなりそうな予感が、、。

 

 

2003年9月29日 (月)

久しぶりに熱が、、、。

私も人間だったか、、、。やっぱり年は争えない。ちぇちの練習をそうそうに引き揚げて帰ってきた。さあ、寝るとしよう。

 

 

2003年9月28日 (日)

良い湯だな〜♪

 わたくし御用達の手頃な温泉、きららで、この頃の垢を全部落としてご機嫌。急いで帰宅して我慢してたビールをグイッと飲んで、パソコンに向かえばやっぱり午前様。今日は長い間探していたグロッケン先生の物も見つかり、心底リラックス。あ〜良かった。
今日ピアニストに御礼を言いに行くと、「歌の方って良いですねえ。私なんか、できが悪かったときなんか夜眠れなかったりするんですが、、」と言われてしまう。ハハハ。確かに、あたしゃ眠れないなんて事はなかった。今回はまあ、特に自分から望んで出た訳じゃないから、結果はどうでも良かったし、兎に角枯れ木も山の賑わいという程度で、目標が小さかったから、別に落ち込むこともなかった。むしろその時間を楽しんだという程度。イヤホント、良い経験をさせて貰った。願わくば、この体験をちぇちの若い人達にも味わって貰いたかったなあ。残念無念。
 

 

 

2003年9月27日 (土)

なんか楽しかった。

 やっぱり止まった。というのも、先生のアドバイスを無視して、見ても良いと言われたのを良いことに、楽譜を見ようとしたのだった。ところが、舞台の照明はあまり、明るくなくて、一部自分の字が判別出来ず、ん?と、とまってしまった。意外にも他にも止まった人がいたが、どうなんだろう。
、、、ここまでは午前2時半に書いた。眠くてこれ以上持たなかったのだ。

ま、兎に角終わった。廻り中が知り合いの先生ばかり。出演者も知人もしくは顔見知りが多い。おいおい、こんな人達と同じ歌を歌うの?とびびったなあ。しかも、ロザリンデは少ない。アディーナは2倍の人数。お陰で、最後のかけあい台詞のテストは2回言わされる羽目に。まあ、やっぱり、あたしゃ台詞の方が楽だわいなあ。ははは。

「トスカ」以来、張りつめていた緊張が解けて、夕べのお酒はおいしかった。出来不出来はともかく、参加することに意義あり。ホントに出て良かった。又こんなのがあったら、又出たいと思うかも、、、ははっ!
そして、とてもユニークな人と出会った。中学の音楽の先生で、登校拒否の子供達を見ているという人。何でも全員に原語のオペラのビデオをダビングして渡し、感想を書かせるという授業をやって居るんだそうな。すぐにFMご出演をゲット!悟空から「ただでは起きない」と評価される。悟空とは帰りに何の気無しに「ちょっと歩こうか」といって、古馬場から国際ホテルまで歩いてしまった。実は飲み過ぎて気分が悪かったのだ。いやあ、弱くなったもの。ていうか、日本酒がダメになってきてるのかも。「45歳からのお酒」というラベルのおいしい冷や酒を飲んだから、あれがきっと効きすぎたのだ。でもまあ、深夜に歩いたのは気持ちよかった。ああ、これからしばらくは自由だ。うれしい。

 

 

2003年9月26日 (金)

無謀といわれようが、

 兎に角出るっきゃない、、、と崖っぷちにたった心境。全く別な仕事をやったあげくの出演は無理と、先生に太鼓判を押された格好の本日のレッスン。それでも、こうして今まで何でもやってきたんだから、今更そんなこと言われても、だからどうすれば?先生が仕事を辞められないように、(やめて歌専門になりたいだろうに)私だって、仕事は続けたい。というか、未だやめられないのだ。その内やめるときが来るだろうが。
 ま、要するに教えがいのない生徒だと言いたいだけなんだろう。私も疲れていたが、先生も超お疲れムード。こんな時のレッスンは実りがない。は〜っ!

 

 

2003年9月25日 (木)

二兎を追う者一兎をも得ず

 と、諦めて、短歌はおやすみ。素材はたくさんあるが言葉にならない。12首どころか、数首しかできてない。ま、あせらず、足下一歩一歩だなあ。兎に角参加するだけとはいえ、オーディションであんまりみっともない歌は歌えない。、、、と思う。
ああ、(レ)が出ない。昔は出してた筈なんだけど、やっぱり声って無くなるんだと実感。そう言えば、本日訪問販売で、軟骨を作るものを買わないかと言ってきたなあ。すり減ってるんだろう。背が162センチあったのに、今は161センチだもんなあ。無くなったものも、再生出来るのか、、、と妙に感心。
 さて、本日2回目にして最後のピアノ合わせ。やっぱりどうしても最高音がでない。あ〜あ。老化だ。ぷしゅ〜っ。

 

 

2003年9月24日 (水)

時間よ止ま〜♪れ♪〜

 まだ11時半だというのにこの日記に向かっているのは、今夜やるべき事がどか〜んとあって、兎に角時間が無いのだ。
 本日はすっかり忘れていたタンゴの公演日だった。行くべきかどうか随分迷ったが、行って良かった。素晴らしいダンサー二組の華麗なダンスに酔いしれた。タンゴってホントに素晴らしい。せめて20年若ければ絶対踊りたい。昔はならいもしたし、ダンスホールにも入り浸ったことがあるが、遠い昔。それにしても、あの鳥がくちばしを合わせるようにしたり、キュキュッと頭を振る仕草は、日本人ではどうも感じが出ない。向き合ってポーズを決めてるだけで絵になるような人達だからこそのあの美しさ。、、、ギターも良かった。音を聞いて涙が出たのは久しぶり。
 時間がない。そりゃそうだ。こんなことが次から次へとあって、物理的に時間が奪われる。
 さて、今日はマジで歌を覚えよう。!!3日後のオーディションのため!おそらく参加者の中で一番練習しないで受けることになるだろう。は〜っ!

 

 

2003年9月23日 (火)

ピアノ合わせ。

 初めてのピアノ合わせ。とってもキンチョー。シャンソンの人達の気持ちが分かるというモノ。いくらやっても、最高音の(レ)がでない。年とってきて、高音が伸びなくなってきている。今日うちでT嬢のレッスンの声を聴いていたが、異常に高いところを平気で出していた。あ〜あ、若いって良いなあ。もちろん個人差はあるが、、、、。
 最近捜し物ばっかりしている。これも老化の証拠だろう。グロッケン先生からお借りした大切なカタログのようなパンフのような小冊子が行方不明。ここ半年ばかり探している。確かに見た記憶はあるのに何故か何処にもない。記憶、記憶、記憶、、、、忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心のせつなさよ。という有名な文があるが、私の場合は、忘れぬようにと思いつつ、忘却してしまうせつなさよ、、、ということか。やれやれ。

 

 

2003年9月22日 (月)

なんという一日。

 悪夢のような一日が、突然帰宅のおぼっちゃまのご帰還を車で送るところから始まった。美容師仲間のN女史が是非一度シャンソンのレッスンをしてくれと言ってきて、何度も断り続けて、今日はとうとう断れなくて、カラオケダンスホールに出かける。以前はこんな所にも出入りしてたが、長い間行ってないので、昼尚暗きこのスペースに違和感が、、、。なんとか一曲歌い指導もして、ほうほうの体で逃げ出し、シャンソン教室へ。来月5日に決まっている発表会の練習で、初めてピアニストとあわせるも、さっぱり合わず、みんなパニック。そうなんだ。カラオケで練習していて、ピアノになると、音が違うので、戸惑ってしまう。ピアニストのM嬢が気長につき合ってくれるも、いや〜参った。本番がどうなる事やら。いつもの倍疲れて帰り、ちぇちの練習の準備。少しずつ振りを付けなくては、合唱だけではみんなが飽きるし、実際クリスマスに間に合わないだろう。夕食もそこそこに飛び出し練習会場へ。先週の振付は案の定バックしている。その上に無理矢理新しいのを入れたが、来週まで持ってくれるかな、、?
私はフィレンッェでオペラを観たとき、コーラスの人達の役割の大きさに驚いた。ソリストに負けないくらい動いていた。だから舞台が自然で、面白かったのだ。まあ、あそこまでは行かないまでも、なるだけちぇちの人達にも動いて貰いたいのだ。でくの坊みたいな合唱は止めてほしいのだ。
まあ、順調に合唱が終わり、重唱に入るも、歯抜け状態。アンダー役の人達がしっかりやってくれて、なんとか上手く練習できたが、暗澹たるモノがある。私は別室で、賢明にオーディションの譜読みをしていた。やればやるほど出来ないような気になってくる。
やがて練習が終わり、帰っていると、ラオスにご出張の主人からの電話で、関空に着いたが、ホテルで泊まり、明日帰るというもの。これが悪夢の最後かと思うと、もう一つの悪夢が襲ってきた。あるお方からの長電話であ〜る。やれやれ、今日はナンという一日か。ワイン呑んでも、酔えないなあ。妙に脳みそが覚醒してるなあ。ムムム。

 

 

2003年9月21日 (日)

「歌会」

 例によってバカ忙しい中を文化センターまで駆けつけるも、いつもの部屋が空っぽ。ん?と慌てて他の部屋へと移動するも目指す「青風会」の人達の陰もない。ひょっとしてまなび館の間違いだったかと記憶をたどりながら、一階掲示板へと一目さん。あった、やれやれと三たび会場へ。提出した歌の批評が始まっていた。こじんまりした和室は、このような会にはふさわしく、なんだか急にせこせこした下界から遠のき、心の通う仲間達のホットな空間に紛れ込んだ感じ。
 落ち着いて、それぞれの評がされるのを聞いていると、まるで謎解き。推理モノをみんなでああでもないこうでもないと、探り合ってるようだった。そして犯人、じゃあない、作者登場となるが、推理通りのこともあればそうでないこともあり、単純ではない。
 考えてみると、短歌も声楽としての歌も、人に伝えるという点ではその表現力が問われるのは当たり前。発声や、歌唱力を磨くことでその歌の真髄を如何に伝えるかが課題の声楽。短歌もまさしく、心だけがあってもだめで、訓練されたテクニックこそがその心を十二分に伝える手段だろう。いやはや、ややこしいところに足を突っ込んだモノだ。死ぬまでに一つでも、自他共に認める良い歌が詠めるかしら?
 、、、こんなに不勉強ではなあ、、、。
 明日も多忙な一日になりそうだ。

 

 

2003年9月20日 (土)

あてにならない「記憶」

 夕食後猛烈に眠くなって、でももしかしたら面白い映画でもやってて目覚ましにならないかと、ケーブルテレビを付けるとやっぱり昔の映画をやっていた。これはすご〜く感動した覚えがあったので、途中だったが観ていた。確か「めぐり逢い」というタイトルだったと思う。が、いつの間にか眠っていたらしく、当然のように「あ、ここから面白くなるよ!」と叫ぶと息子が驚いた。「お母さん、いびきかいて寝てたのにストーリーが分かったの?」だって。アハ。寝てたのも自覚がない。それにしても、最後のクライマックスが記憶と全然違う。多分最初にこの映画を観たときに、クライマックスの描き方がイマイチだったので、自分ならこうするという様なことを、考えていて、いつの間にかそちらの方が映画のストーリーだと思いこんでいたらしい。再び今観ても全くクライマックスがつまらない。何故あんなに素敵なストーリーで、役者もいいのにあんなに平凡な、ありがちな描き方しかできなかったのかと、残念な映画だった。
 今日のこの疲れ方は、きっとむち打ちのせいだろう。外は秋の雨が音を立てて降っているからなあ。まあしかし少し眠ったので、こうしてパソコンに向かえる。
 本日のお店の来客で、小学校の先生が、上から聞こえてくる歌のレッスンを聴いていて、自閉症の子供に歌を教えたら、それがその子の社会への窓口になるような気がする、、、と言われた。音楽にとても反応する子供らしい。具体化したら、何か力になってさしあげたいもの。K先生から「音楽療法士」の育成の話しを聞いたこともあるしなあ。
 明日は堂々と休める定休日だが、短歌の歌会なんかもあって、結構忙しい。来週のオーディションの為に、詰め込み練習をしなくてはならない。、、、出来るかなあ??記憶力が低下してるからなぁ、、、。まあ、ここまで来たらやるっきゃないんだけど、、、、。

 

 

2003年9月19日 (金)

夏の疲れが、、、

 なんだか身体がだるいなあ。矢張り夏の疲れが出てきてるんだろう。お陰で本日のFMは目が覚めない状態で、せっかくのハンサムボーイに楽しんで貰えなかったかも。ずっと前に黒柳徹子さんが「私は8時間以上寝ないとゲストの方に興味が湧かなくなり、なんにもしゃべれなくなるんですねえ。」と話していたが、全くその通り。
 明日もレッスンだしい、、、、。今夜はもう眠りたい。何もかも忘れて眠るとしよう、、、!

 

 

2003年9月18日 (木)

今日も海を渡った。

 めったに船に乗ることのない私が、昨日は直島、今日は宇野と続けてフェリーに乗ることに。想像以上に船旅は気分が良い。くたくたに疲れていた往きはグッスリ眠り、帰りはウオークマンで歌詞を覚える作業が出来る。余り人が乗ってないので、携帯電話でのやりとりもなんなく出来た。季節も良いから、全く快適。
 シャンソンを教えて欲しいという人達を集めて、依頼してきた人は高松の教室の生徒さんでもある。今日試しにみんなの前で歌って貰ったら、なかなか上手くなってることに気付く。やり甲斐があったなあ。、、、。
 さて、この中の何人が残っていくだろう、長く続けて貰いたいモノ。

 

 

2003年9月17日 (水)

直島。

 本日は外の息子M君を伴って、ベネッセへ初めて行く。オーナー夫人が全てのセッティングをしてくれていて、案内から食事まで至れり尽くせりだった。噂には聞いていたが、なかなか素敵な所だった。大きな磨かれた石に寝っ転がった彼は、猫の気持ちがよく分かる、と大の字になって石の感触を楽しんでいた。現代アートに囲まれたこのホテルは、決して疎外感を与えない、むしろ遊び心一杯の美術館だった。イタリアの登山電車を思わせるリフトに乗り、一番高い所にある部屋の見学をさせてもらうも、本日は満室のため、外観だけ。至る所がアートされていて、新鮮な驚きを感じる。まだ日差しが暑い日中ではあったが、大いに楽しんだ。用意されていたミニ懐石も味といい、盛りつけといい、この空間にふさわしいモノだった。大満足。バスで町中の古い民家を改造して製作した現代美術を観覧。堪能した。
フェリーで帰り、彼と別れてJさんを迎えに塩江まで、そしてMMさんを誘ってイタリアンのお店に行き、パスタやフォカッチャを楽しむ。そしてデザートはこないだからフアンの喫茶店でトッピング付きのソフトクリームに舌鼓を打つ。おいしいモノを食べるためなら車を飛ばして何処までも、、、。は〜っ!
 MMさんを送り届けてからぽかぽか温泉へ。そこでばったりダンサーのUさんに会う。色々話していると30分があっという間に。待ちすぎて身体が冷え切っただろうJさんを乗せて一路岐路へ。帰って飲んだビールのおいしかったこと。ニューヨークから帰ってこうして我が家でくつろぐのが恒例になってる彼女だが、余りの多忙で、今回も一泊のみ。今お休みなさいを言ったのが午前2時半。現代作家夫人の彼女に、今日の直島の話をたっぷり聞かせて貰い、感動を反芻した。イヤマッタク、あの「月の裏側」というアートはホントに面白かったなあ。

 目を閉じると、あの作品達が目に浮かぶ。なかなか素敵な一日だった。

 

 

2003年9月16日 (火)

参った参った。

 本日はホフマンの会議だったが、順調に進めそうで一安心。

 急に睡魔が、、、。
もう寝よう。午前2時を回った。なあ。

 

 

2003年9月15日 (月)

全てには終わりがある。

 まるで終わらないかのようだったトスカが本日無事終了。2公演とも半分は観られたのが、良かった。歌い手によってこうも違うかと思わせる舞台。それぞれに良いところがあって楽しかった。
今回を総括すると、私自身は短い期間でかき集められたメンバーの一人に過ぎなかったが、少なくともちぇちの将来のための良い点も悪い点も参考になったことは確か。そして何より、私がお願いして参加して貰ったエキストラの若者達が、オペラのよさをどうやら理解してくれたらしいことである。今回のトスカ役のWさんが打ち上げで彼らに話してくれた「オペラはとても難しいが、ギリギリまで挑戦し続ける努力をすることの面白さ」という言葉に熱心に頷いていたのが印象的だった。長い「時の試練」を受けて尚かつ生き残っているオペラの魅力が分かったのだろう。無理にでも出演して貰った甲斐があったというモノ。
打ち上げでもう一つ印象的だったのは2月の私達の演奏会でピアニストを務めて下さったAさんが、「私は練習の最初で、指揮の先生から、今までの長い人生の中で初めてと言えるほどの叱られ方をして、そんなピアノでオペラが歌えるか!と怒鳴られ目が覚めました。お陰様で大変勉強になりました。有り難うございました」と深々と頭を下げられたこと。良い作品を創りたいという真剣な思いが集まり、良い舞台が完成するのだ。
 
 今日はそのあと手作りのおいしい辛子付けをもらいに友人の所に立ち寄り、おいしいお茶ご馳走になる内に、なんと午前様である。
心身共に疲れ切ってぼ〜っとしているから、時間の観念もゆるみがちだったのか。
、、、Mariさんの運転だったから一緒に行ったからなぁ、、、。

 

 

2003年9月14日 (日)

初日は緊張するモンだ。

 とうとう本番が始まってしまった。実は本日のなが〜い待ち時間の間に、楽譜を完璧なモノにしようと考えていたのに、それどころか!20分くらいのメーク講習で、あとはほったらかしでは、みんなが出来るはずもなく、結局私の職業を知ったたくさんの出演者がより美しくなりたいために、次から次へと押し寄せてくる。ちぇちの連中だけのつもりが、凄いことに!全部終わったらうっ!右の腰に異変が、、、。本日のスカルピア役のT先生と同じくヘルニアかと内心ぎくっとするも、見かねたMariさんがマッサージをしてくれて楽に。、、、どこにでも伏兵が居るモンだ。

 本日はこれにて、チョン。

 

 

2003年9月13日 (土)

明日は本番。

 この本番の独特の空気を、今度はゲスト参加故の気楽さで迎える。これが我々の公演だったら、明日のお天気から始まって、みんなの体調、段取りの不備のチェック、予算の事、etcが頭の中で一杯になっていて、この私でさえ食欲が無くなる。そもそも自分がちゃんと歌えるかというプレッシャーも相当なモンだ。従って、本日のリーダー達のご様子には大いに同情してしまう。しかし、今のところ誰もいらだつこともなく、順調に事は進行しているように見える。ただ、この人達が、合唱の末端にまで神経が行ってないのは、無理もないが、限界なのか?命令系統が甘くて、無駄な動きがとても多いのが残念。みんな好意で集まっているんだから、そこんとこ誰かがきちんと把握出来るようにしておいてほしかったかな?まあ、我々も良い勉強をさせて頂いていることは確か。
練習後に初めて客席から後半の舞台を拝聴。やっぱりオケで歌うのは気持ちよさそう。オケが何度も「星も光りぬ」の部分を練習していて、改めて、美しい曲だと感じ入る。ああ〜音楽ってホントに素晴らしい。この音の海の中を行きつ戻りつしていることの幸せ。人間って、なんてすごいんだろう!こんな事が出来るんだもの。明日は、端役と言えども、この総合芸術のただ中にいて、一役を担うことの喜びを味わうだろう。

明日は13時間の拘束である。もう寝よう。

 

 

2003年9月12日 (金)

本日午前様。

 ということは飲んでる。ニューヨーク在住の川島画伯ご夫妻を囲む会があり、トスカの練習帰りに立ち寄る。Mariさんが運転手とあって、つがれるままに飲んじゃった。帰国毎に行われるパーティだが、半分くらいは常連で顔ぶれが決まっている。
 今日のハードな動きをなぞることは止めよう。

 

 

2003年9月11日 (木)

久しぶりのぽかぽか温泉。

 あまり今夜はビールが欲しくない私が運転して、多分2週間ぶりくらいにぽかぽか温泉に出かける。首だけ出して「しあわせ〜」な顔してるといきなり声をかけられる。うわ〜お久しぶり〜、、、最初はこんな格好で会いたくないとの思いがちらっとかすめたが、すぐ慣れて(!)うっかり石けんとか色んなもの忘れていった私はラッキーとばかり、お借りして、隅々まで気持ちいい〜状態に。
 彼女は中年脱サラして商売しているが、まあ出るわ出るわ、旦那への不満が湯水の如く。「そもそもこういうところへ来たくないという付き合いの悪い亭主なんだから、、、」という。「要するに家に帰ってからはナンにもしたくないのよ、あの人は、、、」とも。「最近育毛剤のせいか彼の頭に黒い髪があるなあ、と思ったけど、よく考えるともう何日も彼の頭を見たことがなかった。前からあのくらいあったのかも知れない」「頭だけじゃないのよ、私達お互いに長いこと顔見てないと思うわ」、、、、留まるところを知らない。お陰で相づちを打っている内に隣の男湯に入ってる我が亭主との待ち合わせ時間を大幅にオーバー。慌てて髪も乾かさずに飛び出る。やれやれ。うちは確かにぽかぽか温泉だけは一緒に行くわなあ。顔も一日1回くらいは見るわなあ。しか〜し、、、。。。。
 手も足もふやけたなあ。あ、又、誰かさんに言われそう。ビールがおいしいわい。ぷは〜っ。

 

 

2003年9月10日 (水)

本日の収録。

 アロマテラピストのKさんをお招きした。彼女は大変ユニークである。人生に彩りをという感覚でオペラを習い始めた。一方でクラシックバレーだそうである。つい先頃はハワイの休日を楽しんできたようだ。若干35歳の彼女は、二言目には「気持ちいいこと」がしたい。と言い、「快い」をキーワードに生きているそうな。そして人がそれを得るためのお手伝いをするのを職業としているのだった。まさしく現代の申し子のような人。彼女が意外にも「結婚願望」」が強く、本日の話しの中心がそこに行きそうだったのには驚いた。どう見てもキャリアウーマン。男なんて要らない、、、みたいな人なんだが。人は見かけに寄らない。さ、て、、、今後の彼女の人生が楽しみではある。
 明後日から4日間「トスカ」に拘束される。やれやれ、大変だぁ。

 

 

2003年9月 9日 (火)

料理のお話。

 本日ご来店のお客様より、簡単スピードカボチャ料理のおいしいのを教えてもらった。さっそく試してみよう。この方は専業主婦だけど、2年ほど前ご主人を亡くされて、その当時の落ち込みようったらなかったが、息子さんとの二人暮らしにも慣れて、お庭に溢れるほどのお花を作り、息子さんの世話とガーディニングに明け暮れているらしい。この方も「時」に助けられた一人。私からもクレソンのおいしい食べ方をご教授する。こうして情報の交換が出来るのも、こういう仕事のお陰。イヤホント、お客様からの情報で、料理に限らず随分助かってることがある。父もそれで命拾いしたしなあ。


 今日も今日とて、インターネットのサービスで、問診による食事チェックがあった。意外にも私は過食ではなかった。少々アルコールが過ぎているくらいで、ほどよいエネルギーの摂取ということだった。ただ、健康体とは言い難い、ハッキリした肥満ではあった。、、、当然か。ハハハ。
私の周辺の人達は誰も私に痩せろと言わない。子供達も、お母さんのプニョプニョが気持ちいい、とか、痩せたらお母さんじゃなくなるとか、、、、グスン。だから痩せられないと言うつもりはないが、余り、真剣にはなれないのだった。は〜っ!お料理作るの好きだしなあ。モチロン食べるのも大好きだしなあ。すっかたなかんべさあ〜。
 

 

 

2003年9月 8日 (月)

ダウンしかかってるなあ、、。

 夕べ悪夢にうなされたせいか、変な時間に目が覚めて左半身がコリコリ。首が回らない。しかしそんなことは言ってられないのだ。シャンソン教室に行く前にFM。本日はグロッケン先生で、存分にトスカでのテインパニーの活躍振りを聴くことに。楽器の中でも特に目立つ存在で、兎に角格好いいポジションだと言うことがよく分かった。こうして、色んな方がこのオペラに関わって、そして素晴らしいモノが出来るのだ。シャンソン教室のあとは通りがかりにマッサージに入り30分やってもらう。少し楽に。慌てて帰宅して主人の食事を作り、フェリー乗り場までなっちゃんのお迎え。少し遅れるからと電話しようとしたら、無い!ぁ、玄関に置き忘れた!と思い出すが、もう時間が無い。ギリギリにトスカの衣装会わせに間に合う。流石ちゃんとした重量感のある衣装である。この私の身体よりも大きくて、大分折り込んでもらった。それに引き替えMariっぺは、ホントのサイズより小さく申告した罰が当たって、全然合わない。「なんとかなりませんかあ??この衣装が好きなんですがあ、、、」とわめくも、「20センチも合わないのは、物理的に無理です!」と衣装係に叱られる。ふっふっふそれ見たことか。かっこつけるからよ!と言えば、「そんなあ、ホンの2センチしかさば読んでないヨオ〜」だと!???へえ〜?そりゃまあ、お気の毒、と思うまもなく、最初の衣装より素敵な衣装をなんなくゲット。やれやれ。一件落着。なっちゃんもなんだか不服そうだったなあ。いやはやいやはや、楽譜は覚えて無くとも、衣装にはこだわるお二人であった。ひょ〜っ!
 そのあとのちぇちの練習はよれよれのよれ。立っているのが辛いなあと思っていたらH嬢達が椅子に座れと優しく声をかけてくれる。ホント、左の脳がぴりぴりしている。この首が原因だろう。さて、本番まで持つかどうか、、、?結局来月末に計画していたロンドン行きは止めることに!ムムムム、残念無念。ぐやじ〜。

 

 

2003年9月 7日 (日)

吾ながらタフ、、、、。

 今朝は7時のお客さんから午前中まじめにお仕事。お昼もそこそこに、今日もすこ〜し遅れてきたMariさんと宇高国道フェリー乗り場までなっちゃんを迎えに行く。そこから迷いながら飯山町のふじみ園の体育館まですっとばすも、遅刻して係の人から注意される。ムムム。
 そして練習は会場の暑いこと!死にそう!
何度も言うようだが、私は1年中殆ど同じ温度の中に暮らしていて、免疫ってものがないのだ。走ったあとのワンちゃんのように舌出してしてハーハーぜーぜーのまき。消耗しきって、よれよれで帰路につく。休む間もなくCantiamoの会である。Mariさんちまで行ってその準備に追われる。ホテルのロビーほどはあろうかという、彼女んちの玄関を掃除機をかけるのもとどめを刺した。肝心の演奏中に、いつの間にやら居眠り。自分の番が来て、急に喉の異変を感じる。さっきのトスカではまあまあ出てたから安心してたのに、これは出ないかも知れないと思うと、とっても不安。案の定最高音でひっくり返ろうとするし、完全にフラットしていた、、、と思う。歌は難しい。温情で再度歌わせてもらってラッキー。
歌は好きなんだけど、全ての条件が整ってからならねえ、、。以前からの会長の口癖「歌は贅沢なモノ。おいしいモノ食べて寝てゆったりしてないと良い歌は歌えない」を地で体験したのだった。
 さて、本日のトスカの練習は少しゆとりが出来て、周辺の人達の観察が出来た。端役の人も主役の人も、ダブルキャストなんだが、自分の出番でなくても袖にいて必死にスコアを読んでいるし、仕草も同じようにしている。大したモンだ。それにしてもグロッケンさんのばちさばきは見事!(太鼓ってばちさばきって言うのかなあ?)格好いいなあ!

 

 

2003年9月 6日 (土)

目が回る、、、。

 今日も朝から暑かった。表の掃き掃除をして水を打ち、片っ端から乾くのを見てぞっとした。なんちゅう残暑の厳しさか。年中ほぼ一定の温度の中で暮らしている私にとっては地獄の天候。外から入ってこられるお客さんも、よくぞこの暑い中を足を運んで下さるモノ。私だったら、少々髪が伸びようとこの暑さの中では我慢するだろう!!
ま、少しでもすっきりと涼しくなりたいのかも知れないが。
 本日はオーディションのための練習もし、はるばる1時間かけてトスカの練習会場にも行く。余りに忙しくて夕食の準備も出来ず、主人の機嫌の悪い顔を思い浮かべながら大急ぎで帰宅。トスカの見学のららちゃんとMariさんに一緒に食事をしてもらう。ここで始めてららちゃんの事が少し分かった。人は外見で判断出来ないと言うが、まさしくその通り。ららちゃんは行動の人だった。ナンカ急に睡魔が、、、。
 BUONA NOTTE

 

 

2003年9月 5日 (金)

長短を地で行った!

 今日は何を書こうかと思って、ふと昨日の事を思い出したら、、、、そうだった。
行きの船の中でそう言えば誰かに見られているような気がしていたが、別に気にもとめず予定通り迎えの車に乗り込む。講義を始めてまもなくMさんが、そそと前に寄ってこられて、「センセ!あのお、ここにこんなモノが付いてます!」と囁きながら手でちぎってくれたあるもの。言われて初めてスカーフに正札をつけたまま身につけていたのに気付く。ぎゃ〜っ!と心の中で叫ぶも、正面に向いては知らん顔。何事も無かったかの如く、前を向いて喋り続ける。、、、が、脳裏に浮かぶのは道中の事。うう〜ん、ここに来るまでに、誰かが私を注視してなかっただろうか?そう言えばあの船の人が何人か、じろじろと見ていたような気もする、、、。ん〜ん。と定かではないが、全く無いとの自信もない。なんてこった!
 「せめて1900円なんて金額じゃなくて、ゼロがもう一個くらいついてればねえ、、、」とは我が母の弁。イヤマッタクその通り!イヤハヤイヤハヤ。

 

 

2003年9月 4日 (木)

又始めちまった!

 本日シャンソンのお試し講習会なるものを、海を渡ったところでやった。全然シャンソンを知らないといいつつ、実際はそんなことはない人達を前に汗だくの2時間だった。まあ、今までそれがシャンソンだとは知らないで聴いていたのだろう。それくらい浸透してる音楽なんだ。しかし演歌は歌えてもシャンソンは歌えないと思ってる人達が殆どなのも事実。シャンソンとはなんぞやと言うところからの説明になるから大変だった。
 声を出してもらう内に具体的に分かってもらえたらしいのは、それぞれの顔つきを見ていて分かる。希望が見えてきた感じではある。、、、が、さて、いつまで続く事やら、、、。お世話役の方のお人柄で、集まった方々は皆さん気持ちのいい人ばかり。この人達が少なくともシャンソンを嫌いにならなければいいなあ、なんて、消極的なことではイケナイ。そうだ、どんどん好きになってもらって、発表会なんかも出来ると良いなあ。
 帰りの船の中で、潮風に吹かれながら、う・う・う・又始めちまったぞと、我ながらノーと言えない性格に呆れていたのだった。ふ〜っ!

 

 

2003年9月 3日 (水)

家族って?

 娘が電話でニュースを二つ言ってきた。なんでも朗読劇をするのが、明石家さんまのドラマの原作らしく、ちょっと大きな仕事らしい。もう一つは明日ネパール大使館に呼ばれたとのこと。着ていくモノの相談だったが、まあどちらも面白そうではある。これが都会に居るとチャンスが多い証だろう。それにしても我が家はホントにバラバラ。父親は昨日富山から帰ったと思ったら、本日は又松山である。鬼の居ぬ間の命の洗濯をしているのが私で、息子ははるか水戸で新米教官としてせっせと早起きしては大学に通っているらしい。さっき電話の声が張り切っていたなあ。まあ、いつまでもこの初心を忘れないで欲しいモノ。今、この家族をつないでいるのは電話である。そういえば今朝出がけに主人が、私と母の長電話を「長いなあ。一体何をそんなに、、、!」とまるで私達が彼の悪口を言ってるかのように言い捨てて出かけた。実はその通りなんだなあ、これが。フフフ。まあどっかで発散しなくてはってこと!
 ん〜ん、今夜は寝るのが惜しいなあ。
 
 

 

 

2003年9月 2日 (火)

なんか眠いなあああ。

 体力が落ちてるのかなあ?なんだかとっても眠い。6時間は寝てんだけどなあ??みんなはどうなんだろう?
 本日来客のお一人Kさんは、最近親友を亡くしたらしい。まだ若い。昨日その方の形見の品をもらってくれとご主人から言われて頂いて帰ったが、これって良かったのかしら?と言われる。私は良いと思うと返事した。私自身友人の形見を持っている。引き出しを開けるとそのライターが出てきて、彼との思い出がいくつも甦る。彼とは純粋な友人だった。男女に純粋な友人なんてあり得ないと言う人がいるが、私は絶対アルと思う。彼がまさしくそれだった。お互いに仕事上のアドバイスをしあい、人間関係のサジェスチョンもやりとりしていた。その彼が突然目の前から居なくなった。、、、しばらくは運転してても彼の後ろ姿を探していた。思い出しては涙が溢れた。しかし、人には時間が与えられている。時は必ず悲しみを癒してくれる。今では彼が居ないことを当たり前の事実として暮らしている。だが、彼の形見のライターは少しも色あせずに引き出しの中にあって、時折私に何かを示唆してくれる。彼は今でも親友なのだ。

 

 

2003年9月 1日 (月)

自由は良いモンだ!

 ここ二日ばかり主人が旅行に出かけて留守。な〜んて自由。昔と違い、別に何をしてもひどく怒らなくなったのだが、矢張り、居ると居ないでは大違い。第一何を食べても良い。こんな日はものすごくつまんないモノを食べたい。だらりと一日過ごしたい。、、、が、そうもいかず、気持ちのゆるみだけは眠気を誘い、本日の小濱レッスンを受けている他の人達の練習を聴くのは、どうしょうという位、眠かった。老眼鏡は忘れるわ、お陰で楽譜の字がちゃんと読めないわ、さんざんな私のレッスンだったが、あの輝く宝石のようなお声をソバで聴けてとっても幸せ。今日はレッスンの中でたくさん歌ってくれたのだ。
 夕方からはちぇちの練習。そのあときららでゆったりお風呂に入って帰る。、、、すると猛烈な睡魔が、、、眠りたくない、この自由な時間をもっとふんだんに使いたいと思うが、兎に角眠い。寝よ。

 

 

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