2018年10月20日 (土)

忙中閑あり。

昨日はあまりの疲労感でここに書き留めるのは無理だった。午前中に仕事して、母の施設であれこれ。帰宅して家事をして、再度書類を持って母の施設へ。夕方からとある会合へと夫と共に出かける。帰宅したら10時を回っている。しかし、やるべき事がまだ残っていて、すぐに就寝とは行かない。明日のCantiamoの為のプログラム校正やら、暮れの公演の為のあれこれ。何もかもが切羽詰まってきた。ふ~っ!

ある男性が東京からお仕事がらみで広島経由で立ち寄った。今朝のニュースでもやっていたが、新幹線が人との接触事故で遅れが出て、この男性も次は岡山という一歩手前で立ち往生。予定のマリンライナーに乗れず30分遅れでご到着。仕方なく迎えに出た我々も駅で待ちぼうけ。こればっかりはしょうがない。ケッコウ時間に厳しい料理屋さんに行く予定だったため、夫は遅れます電話。こっちは同行のF先生としばらくぶりのお喋り。で、まあ何とか目的地に着いた。

8時からの会食。完全和食のこのお店。初めてだったが、とても手のこんだ料理でどれも美味しい。目で食べるのが和食ではあるが、ここは実もある料理で大満足。珍しく夫が連れて行ってくれたのだが、ここのオーナーシェフのお父上が毎日のように夫が行くプールでご一緒。息子がやっているので行ってやって下さいと言われて先日行って良かったので、ということだった。
郊外のこのお店は造りも和食にピッタリの風情のあるお店で、それほど広くはないが落ち着ける店内。車も置けるしリピートありだなあ。
和食は難しい。先日も遠来のお客様を連れてとあるお店に行ってみたが、大失敗。滅多に無い大事な会合など下調べというか、経験したお店でないとこうなると反省。


今日も爽やかによく晴れている。
これから散歩がてら母の顔でも見に行こう。

2018年10月19日 (金)

トラトラトラ、、、、。

別に真珠湾攻撃を意味している訳ではない。娘に鮭の名前を言うのに、「トラウトサーモン」と言うべき所、「ウト」がどうしても出てこず、「トラトラトラ、、、あれあれ、、、」と言いつつ遂に「トラウマ」と口走ったのであ~る。近頃慣れっこになって来た娘の反応は、「ハイハイ。この会話がトラウマになった訳ね。」と冷静。というか、呆れている。やれやれ。

スーパーで買ったトラウトサーモンを焼いてみたら、肉厚でとっても美味しかった、と言いたかった訳だ。、、、近頃頓に単語の全てが言えなくなってきた気がする。必ず一字違っているとか、似て非なる語彙が平然と出てくる。ヤバイ。FMの収録中も、全く思い出せず、適当にごまかすというシーンがチラホラ。全くヤバイ。暮れに免許の書き換えがあるが、所謂認知症のテストがあるようで、無事通過するかどうか、かなり心配になってきた。ああ、ヤバイヤバイ!

今日はとあるお宅に出張美容に出かけた。往復1時間半かかる場所。施術以外のお喋りも含めて3時間ほど。今日の所はもっぱらKさんのお悩みを聞いて意見を述べるという展開だったが、話していて思うのは、人間というのは悩む過程で様々な可能性を思いつくわけで、こちらの意見がそのどれかに合致したとき、初めて吾が意を得たりとなるのではないか、ということ。だから、答えは自分自身が既に持っているということ。しかし言わずには居られないし、言って賛同を得たいということもあるだろう。誰しもそういう弱さは持っている。
で、かなりお疲れモードのまま一人で温泉。夕食時のため、かなり空いていて、たっぷりぬるぬるのお湯に浸かり、ようやく癒やされた感。本当はもっと長居したいくらいだったが、露天の湯船に浸かっている若い女性二人の深刻そうな話題が始まるのを潮に出ることにした。きっとお邪魔だろうと察知して。
帰宅してぼ~っとテレビを見ていると会議から夫がご帰還。夕飯を食べる間がなかったとかで、9時の夕食。これはかなり珍しい。近頃は食事時間をしっかり気にしているのに、、、しかもさほど時間を置かず寝室へ。食事して2時間は寝ない、をモットーにしていたのに~?何か、気分が高揚することがあったんだろう。
ま、お互い年齢以上に動いているのは事実だ。
先日、スマートウオッチなるものを購入。時間がデジタル表示。その上に血圧、心拍数。一日の歩数から睡眠時間まで計測。それをグラフにまでしてくれる。その中に、「休息」というのがあり、評価は、「忙しい」と出た。矢張りねえ。起きてから休息する事なんて、ほぼ無い暮らしだからねえ。ま、このまま行くしか無いんだろうなあ~。アチクシの人生は。
沢田研二がコンサートのドタキャンをやったとネットニュースで見る。ツイッターなどで、賛否両論あるようだが、背景に複雑なものがあるようだ。ニュースも裏が読み取れないと全く違った受け止め方になって仕舞う。彼はコンサートの時に原発反対を相当アピールするらしい。
それを由としない考え方の人も多いようだが、そうだろうか?彼にとっての最も強い表現の場だろうし、何故そう思うかということを感じ取ってもらう最良の場だろう。彼の歌を愛して、その考え方に無関心というのはアルかも知れないが、、、、どうだろう?
今日夕方のラジオニュースでも、現在福島の原発から毎日大量の汚染水が出ていて、それの処理が行き詰まっているという解説を聞いた。もっと早い時期に対応していれば沢山の選択肢があったが、現状ではほぼ打つ手が無いと言う。なんということ!海に流せば水産に多大な悪影響を与えるのは必至。局のアナウンサーが憤りを込めた語調で、専門家を問い詰めていたのが印象的だった。が、一方では、何事も無かったかのように次々と原発の再開が報じられている。一度破綻すると何十年、いや何百年も苦しむことになるようなものを、この地震大国がこのように多く持っていて良いのだろうか?お偉方のやることはホントに分からない。

2018年10月16日 (火)

同窓会。      

昨日ほどではないが、今日もバタバタの一日。夜は高校の同窓会打ち合わせだった。

いよいよ最後の打ち合わせとなった今宵は、部屋に入りきらないほどの準備委員達で一杯に。ほぼ男女半半の全員がやや緊張の面持ち。いつもよりしっかりと議論したし、しっかりとしたプランニングも出来たように思う。ナント真面目な!
他の同窓生達は、かくも真面目に何度も何度も集まり準備してやっているとはご存じない。おそらくこの実態をのぞき見たらビックリするんじゃない?
矢張りこれは讃岐の「おもてなし」の精神だろう。勿論県外からの参加者も大勢いるし、北海道から、という人もいる。この人をはじめ、震災を受けたという人が何人かいるんだろうと思う。県内に居ても必ずしもハッピーでない人も居るかも知れない。そういう色んな人に、半日ばかりのことだが大いに愉しんで頂きたいという、役員達の一致した気持ち。それが隅々まで行き届いた会になりそうだ。
「袖すり合うも多生の縁」という、いわばそれだけの関係が、こうして半世紀以上も続いている不思議。同窓会とは面白いものだ。


先ほどテレビで短歌の「萩原慎一郎」の事が流れていた。32歳で自死したというこの人の歌は、ジェネレーションギャップか?平易な言葉を使っているのに、なんかあんまり分からない。意味が分からないというのではない。とてもヒットしているようだが、どうしてかな~。やっぱり読解力が無いのだろう、自分には。
この人も俵万智の短歌がきっかけだったらしいが、彼女の功績は大きいなあ。未熟者の自分にも彼女の歌は心に響いてくる。

さ、明日は母と一日中付き合うつもり。今宵は早く寝ないとねえ。

2018年10月15日 (月)

秋は忙しい。

多くの人が色んなイベントを企画しているし、こちらもあれこれ発表の場がある。取捨選択して参加するしかないのだが、身体が二つ欲しいと思う日もある。芸術の秋だねえ。

その一つ、Cantiamoが1週間後とて、今日も羽床まで練習に出かける。結局本番よりもこの過程が大事だなあ。
朝は本業が忙しく、午後は母を訪問して、慌ただしく練習に高速を飛ばして出かける。帰宅して、買い物やら、お見舞いやら、夕飯やらで、全て終わったときはぐったり。


しかし、明日の方がもっと忙しい予定だ。義妹にそのスケジュールを話すと、「信じられない、元気ねえ~」と言われてしまうが、元気も何も、自分の都合で動いているわけではない。朝は、シャンソン教室。そのアトはFM。その後は帰宅して来客を迎える。夜はちぇち練というわけだ。
ま、動けているのを有り難いと思う事としよう。

しかし、これって酉年に相応しいじゃん!?年中バタバタ。コケッコッコ~。

2018年10月14日 (日)

寝過ぎた朝。

今朝は孫べえの参観日というので、年の為目覚ましをかけて寝たが案の定二度寝。実際起きてみると結構なバタバタの時間。それでも夫に送ってもらい時間より前に到着。上出来上出来。

参観は久し振りだったが、今日は初めてのパソコン教室だというので、興味津々。当然ながら生徒の数だけ並んだパソコンは壮観だった。父兄が側に立つのだが、中に入る時間になっても母親が来ない。仕方なく側に移動したら孫べえがこっそり訊いてくる。「お母さんは?」「さあ、寝坊じゃない?」「ふ~ん。寝坊かあ」と不満そう。そうだろそうだろ。婆さんでは不満だろうよ。とひがんでいたらやって来た母親。「ゴメンゴメン。忘れ物して取りに帰ってたのよ。」孫も婆さんも「ふ~ん?」
授業は最初に注意事項を熱心に指導され、そのアト早速そのパソコンを使ってアンケートの入力。パソコンを今までに使ったことある生徒は60%。小学2年生でこれだ。又使ったことがない生徒も40%は居る訳だ。現代を象徴しているなあ。
そしてそれからはまあお遊びのような授業だったが、母親は、早速キーボードを使わせる練習が必要かもと、我が家のパソコンを狙っている。そのつい、近い将来、このパソコンも占領される日がくるんだろうなあ。
吾が息子の時代とは全く違う。あの頃、いち早くパソコンに興味を持った息子にしぶしぶ買い与えた時は、小学6年生だったと記憶する。それからあっという間にパソコンを解体したり組み立てたりやり出して、すぐに彼の生活の一部になっていった事を思えば、この孫べえもあと数年でほぼ全ての事を把握するんだろうなあ。
いやはやいやは時代の流れは想像以上に速くなりそうだ。
今日もちぇちのチラシをあれこれやっていて、つくづく基本を知らず上澄みの美味しいところだけ利用して居る自分を思った。そして、こういう時代の狭間に生きている人間の為に、便利な機能もチャンと存在してくれるのも嬉しい。滞りなくネットで処理出来たのはホントにメデタイ。
これって、車の仕組みを殆ど識らずに長年運転しているのと同じ事。どうぞ、専門家の方々、頑張ってね、というところだ。

午後のちぇち練は重唱組ばかりで、流石に危機感溢れる練習会場となった。いよいよ追い込みに入る時だ。
さ、今夜も眠れるかしら?

2018年10月12日 (金)

獣の様に湯に浸かる。

ようやく晴れて、家事も捗る。母を見舞うのも午後に回して午前中はしっかり主婦業。冬物を出そうかとも思ったが、それは後日。なんでこう主婦の仕事って多いんだろう。

夕方になって、娘と二人で温泉へ。二人とも大いに疲れていて、肩が凝っているのを理由に孫はパパに預けてのこと。たまにはこうして親子で温泉も悪くない。
道中娘が言うには、今、「全てをやらなくなったら凄いことになった!」とかいう本が話題らしい。で、その本が一番言いたかったことは、「夫が一番妻に要求したいことは、妻がにっこり笑ってくれること。」だったそうな。それを家に帰った娘が婿どのに言うと、しばらく唸ったあと、「まあ、それはそうだけど。。。。あんた、それ以上何をしないつもり?」と言われたそうな。勿論その場ではバトルが始まったようだが、こっちに話すときはゲラゲラゲラと笑い話。ま、犬も食わない夫婦げんかで良かった。


夕刻とあって比較的空いているB温泉は、いつものようにぬるぬるで、纏わり付くお湯にどんどん癒やされていくのが分かる。獣たちが温泉で傷を癒やしたというのも納得だ。
今夜はぐっすり眠れそうだ。

2018年10月11日 (木)

気圧に翻弄される一日。

とにかく疲れている。が、それにしても昨日は異常だった。

朝からひどい頭痛に悩まされ、湿布やマッサージ機の世話になり、それでもらちがあかないので、血流を高めようと家事に勤しんだ。が、返って症状は悪化。。。。これは一体何?単なる疲れか、この怪しい天候のお陰か???と思いながら夜の練習場へ。すると、会長も調子が悪く、点滴をしてきたとのたまう。その後も次々と来る人ごとに今日はどうも、、、とまるで、体調不良自慢になってしまった。しかし、久々にMさんの素晴らしく透き通るようなお声を聴いて、やっと気分が良くなった。正直会場まで歩くたかだか数分さえ行こうか止めようかと悩んだ程だったが、美しい声は薬よりも効用があるようだ。
お相手をしていた団長Pも、役どころに応じて女王らしく落ち着いた色の声を出し、良い取り合わせだった。その後のA氏とのデュエットは久々にあの楽しい本番を思い出させてくれた。「こんなのも良かったねえ」と私。「こんなのが良いです!」とP。だよねえ。やる側も観る側も楽しいのが良い。
後から後発組がぞろぞろ来たが、こちらは次なる目的地へと移動。降りしきっていた雨も小雨となり、帰宅したらお迎えが。Cantimoを前に危機感を持っているIさんのピアノ合わせにお付きあい。しかし、声は即席には良くならない。じっくりと丁寧な時間をかけなくては。しかし、やる気は凄い彼女の事。きっと未来は開けることだろう。

昨日調子が悪い中、昼間のNHKに女優のOがゲストで出ていたのを見る。彼女は天才だと昔から思っていて、どんな素顔を見せるかと興味があった。天才振りを示すいろいろなエピソードが紹介されたが、どれもこれも驚かされるものばかり。中でも演技していて身体が変化する、というのには驚いた。結核患者の役をやっていて本当に血を吐いた、とか、男の子の役をず~っと長くやっていて身体の一部が突起した!とか。わ~お。
そして最後に「愛の讃歌」を歌った。これまで聴いたことがない「上手さ」の歌。要するに役者の歌、だった。惜しむらくは彼女には「良い声」がない。あれでピアフのような声自体に説得力があれば、凄い歌手になっただろう。しかし、勿論こういう人が歌う事で大切な事が伝わるのも歌の大事な要素だろう。
そして実は一番驚かされたのは、歌い終わりだった。
音楽が完全に終わり、カメラはずっと彼女の表情を捕らえている。側にいる人々の拍手は入ってくる。が、しばし動かないままその歌の世界に浸っているO。そこからフッと現実に戻りやがてその人々への恥じらうような表情へと移行する様は、なんとも役者だった。
俳優でもある司会者が、「何かに憑依されたようでしたねえ」と言ったのが的を得て妙だった。
樹木希林さんが逝ってしまったが、まだこの人が居る、と思ったことだ。

2018年10月10日 (水)

有り難うございました。

私の陶芸の師匠が遂に逝ってしまった。ご本人が望んだことが粛々と履行されたということだ。だからといって哀しみが無いわけではない。あのかけがえのない時間は二度と戻ってこないと思うと、何をしていても自然にこみ上げる物がある。

風の吹き渡る中、または雨音を聴きながら、ある時は夕陽を浴びるまで、静かに音楽の流れる中、粘土をこねながら色んなお話しをした。それだけ引き出しの多い、人生経験の豊富な人だった。行けば必ず手作りの甘酒や美味しい珈琲を振る舞われ、お土産に自家菜園から新鮮なお野菜を採って下さった。わが孫の為に一緒に近くの海岸へ花火を観るのに付き合ってもくれた。吾が母も、認知症が進む前からお邪魔させてもらい、かなり進んでからも上手に絵付けを励ましてくれた。ご両親のお話も色々聞いて、それが私の励ましにもなった。音楽が好きで、わが公演にも来て下さったし、ご自身もオカリナやピアノなどをたしなまれた。多くの友人知人に恵まれるのも当たり前。その懐の広さには、本当に素晴らしいものがあった。アジアの、勉強したいが貧乏な若者に惜しげもなく援助し続け、入院してからもその子達の事を心配されていた。こちらはその理想的な暮らしぶりにただただ憧れたものだ。

今もって、あの時間は我が人生の宝もの。いつまでも脳裏に焼き付いて消えないことだろう。

生き方と死に方の両方をご自身の身を持って教えてくれた。感謝しかない。

2018年10月 9日 (火)

疲れが取れない。

予想通りの疲労感の引き摺りに、途中でダウンするかと思ったが、娘と孫のお陰で何とか母を一日中連れ出してのケアが完了した。

最初は、施設で借りた車椅子乗って頂いて我が家までの距離感を愉しんでもらおうと思ったので、そちらは娘のお仕事。
その後、久し振りに父のお墓参りも出来たが、何を話しているのか、母はなが~い間お墓に手を合わせていた。日中暑くて、長居は出来ないねえと孫に押されて回転寿司に移動。いわゆる娑婆の暮らしをやってもらったわけだが、終始ご機嫌だった母。夕飯を我が家でとった後流石に疲れただろうと車では1分の施設に連れ帰る。車椅子に乗り換えて、玄関先に到着すると自然に電気が点灯し、ドアを開けると眩しい明かりがぱ~っとポーチを照らし、そのまぶしさに一瞬たじろぐ母。今までの施設が暗かったので無理もない。「ここが私の別荘ですか?」とユーモラスに言いながら担当者にバトンタッチされる。まるで映画「未知との遭遇」のラストの様に、UHOに乗り込むあの人の様に、明るい施設に吸い込まれていった。。。。


ひとまず今日の予定は完了した。


流石に疲れ切って、マッサージ機に移動して「綾小路君麻呂」を聴きながらいつの間にかぐっすり。小一時間後に目覚めてみれば、夫はとっくに寝室へ。テレビのみが大音量でなんか言ってる。
おお疲れた。このちょい寝って、疲労感が増すなあ~。

2018年10月 8日 (月)

疲れ切った!

今日はOさんのリサイタル。長時間に渡り会場のセッティングやら発声練習やらから始まり、本番、打ち上げとフルコースにつくずく体力の限界を感じた。司会をしながら舌がもつれてくるほどの疲労感。実は本番前に訃報が入り、予期していたとはいえこのショックも影響した。終演間近になるといつもの手の震えも強くなり、いよいよ来たか!という感じ。

Oさんは長い訓練の成果がほぼ全部出た良い演奏だった。拍手は勿論ブラボーが何度も聴かれたのは、ご本人にとってもアドレナリンが出まくりだっただろう。とにかく気持ちよさそうに歌ってくれて、目指した事が期待以上に出来たと思う。本当によくやった。

この演奏を聴いて入会すると言う人が何人か出て来たな~。

そしてもう一人アドレナリンが出まくっていた人がピアニストのSさんだ。Oさんの訓練に長い間付き合ってくれて、シャンソンのエスプリを身につけてくれたのを感じる。矢張りシャンソンはクラシックとは違う。伴奏といえども歌ってもらわなくては、、、、だが、それが見事に開花したのを感じた。何しろ独奏での愛の讃歌では、聴いてて涙が出たと言う人が複数。これだよねえ。

せごどんを見ながらいつの間にか眠っていた。この疲労感をナントカせねば、明日は母を連れ出す予定だ。

«過ごしやすい一日。