2020年1月20日 (月)

忙中閑あり?

全くもって忙しい。今日はイベントが重なっていて、その一つは寄席。チケットの受け渡しがあり、まずはそちらの会場へと車を回す。バタバタと処理して、そのまま県民ホールへと移動。「滝沢家の内乱」という加藤健一事務所のお芝居だった。これは滝沢馬琴という人とそのお嫁さんのお話し。時に笑わせ、時に泣かせ、明瞭な台詞回しともども、十二分に楽しんだ。セットの家はそのままで、住まう人だけが年取っていくのを、うまく表現していた。基本は二人芝居だが、陰の声を高畑淳子と風間杜夫がになっていて、さすがの声色だった。

大ホールでのイベントと重なっているので、早く行かないと駐車場が無理かもと早く出かけたため、お昼を逃し、そのため観劇の途中はぐ~ぐ~おなかが鳴って困った。隣のKさんもきっと気づいたと思うが、それには触れなかったな~。ハハ。

行きは3人、帰りは4人で皆さんをお送りして、長い一人お留守番をやってくれた孫べえにお駄賃として何食べる?と聞くとスシローと即答。これがまたよく食べる。こっちは財布が気になってるが全く遠慮がない。夫にお土産を買ったら6千円にもなって、回転寿司とも思えない。やれやれ。

 

明日はシャンソンと夜はちぇちもあるな~。ま、なるようになるさ。ふ~っ。

2020年1月18日 (土)

眠い!

朝から本業ほか、なんだか忙しい。新しいパソコンとの格闘の上に、壊れて修理に出していたipadが新品になって送られてきて、となると、これまた初期化状態のためはじめから設定が必要だった。しばらくやって、こりゃあだめだ、と娘にヘルプミー。すると冷ややかに、「本体を見ないと分かりません。」とのたまう。こう言われると俄然やる気になるアチクシ。再度挑戦することとした。すると、しばらくいじっていると、スルスルッと方程式が解けるように解けた。ばんざ~い!

てなことをやっているので、今日頂いたお野菜の数々の処理ができない。大根はじめ、素晴らしい新鮮な緑の野菜の数々。明日の午後は市民劇場だから夕飯だねえ。となると、孫べえと一緒の夕飯かも。お芝居は加藤健一事務所の作品で、これだけは絶対見たいもの。わざわざ神戸まで見に行ったこともあるくらいだ。楽しみ。

2020年1月17日 (金)

やっぱりねえ~。

そう簡単にはいかないとは思っていたけどねえ。お初~のノートパソコンがやってきて、早速あれこれここにも書き込んだが、突然フリーズ。結局こうして再度書いている。ま、脳トレだとは思っているので、多少のリスクは想定内。だんだん慣れるはず。

しかし、今日はいろいろあって疲れてしまった。朝はFMで、新しい試みをやってきたし、午後は仕事とこのノートパソコンの設置。夕方から孫べえがやってきたし、夕飯を終えたらどっと疲れた。

孫べえからWi-FiのIDやらパスワードやらを尋ねられ、今日のところは対応できたが、こういうのも時間の問題で、あっという間に追い抜かれることだろう。9歳でこれだもんねえ。

上手く付き合っていくべきなんだろうねえ、こういう機械たちと。機械というと冷たい響きだが、昔の人が次々と発明して使ってきた道具と同じだろうと思うなあ。時代時代で使われる道具は違うのだ。

 

さ、明日も忙しい。ね~ましょ。

2020年1月16日 (木)

手帳が段々黒くなる、、、。

確か歳の初めは真っ白で、今年は少しゆっくり出来る年かと思っていたが、全く違うようだ。日々これでもかと予定が入ってくる。今日は弟と二人で、近く白内障の手術をする母の為、病院に行き色々術前の事を説明される。簡単とはいえなんといっても高齢だ。丁寧な説明には一応安心したものの、一抹の不安は拭いきれない。何事もなく終えて欲しい物だ。

 

午後は歌の練習にやってくるちぇちのメンバー。昨年頑張った彼女はビデオを見て、反省も多々あったようではあるが、色んな人からの評価が嬉しかったようだ。客観的に見ると色々言われてきたことが出来てないとも思ったらしいが、ある種の達成感も同時に味わったようだ。良かった良かった。そして次なるCantiamoの為の予習もやってきていた。紹介した甲斐があった。この曲が好きだと言う。まずはそれが一番だな~。

 

ニュースで皇室の歌会始のことが流れていた。全てあんまり善し悪しは分からなかったが、真子さまの

望月に月の兎が住まふかと思ふ心を持ちつぎゆかな

は可憐な心情が出ていてその健気さに思わず同情した。二年は長い。色んな意味で良く耐えておられるなあ。イギリスのメーガン妃に日本の皇室が影響を受けることは無いのだろうか?

あるネット上の記事に、美智子妃殿下と雅子様のファッションの違いが報じられていて、常々感じていたことだったからつい読んでしまう。お二人を比較して雅子様は余りに着回しが多い。全体として質素過ぎる、というものだ。まあ、確かに美智子妃殿下はある意味スターで美しければ美しいほど国民は喜んだ。が、多くの映像を見ることが出来る昨今、あの夥しいお着替えは本当に必要なのだろうか?と疑問もあった。それに比べると、どういう理由かは分からないが確かに雅子様のファッションは華やかさに乏しいと思うな~。ま、ネット上では、中身の素晴らしさが際立つかも知れないとは書いてあったが、、、。時代かな~?

 

 

 

 

2020年1月15日 (水)

私流、英気の養い方。

昼間の好天気に、寝具やらの洗濯をしっかりして家事のスイッチが入ったため、気がかりなところの片付けをやっていた。すると、うだつの町並みを観に行った娘夫婦が、帰宅したら孫べえ共々與田時に行きたいと言ってきた。帰りに三本松でお風呂にも入ると言い、それにそそられてOKの返事。大急ぎで夫に食事の準備をして、パパッとお風呂行きの用意も。こっちは慣れた作業だ。

 

行ってみれば人気のない與田時。入り口の大きな樹がむき出しで、そういえばいつもは出店がぐるりと樹を取り囲み、この樹の全体像を見たことが無かった。門をくぐってもやっぱり大きな樹がある。いつもなら人でごったがえしていて、テントのお店が一杯出ているところだ。あまりに新鮮で感激。おみくじを引きたかった孫べえには残念だったが、この清逸な雰囲気はなかなか良い。

靜かに降って来た雨を背中に受けながら急ぎ車に。そこからは予定通りベッセルおおちにお風呂。孫べえはパパと入るので、こっちは安心して娘と入る。平日の夕方で人が少なく、たっぷりと檜のお湯に浸かる。もう外は真っ暗で海が見えないのが残念だったが、次回は昼間来ようと話し合う。

疲れが一気に消え、ロビーに併設のレストランへ移動。何もかもが美味しく、孫べえは「塩かま焼き」をお替わりした。たっぷり食べて飲んで、ご機嫌になったまんま車。帰りの運転は娘の為、助手席からパパが色々うるさく言うのに一々反論してはケンカになる。後ろから孫べえが、「夫婦げんかは家に帰ってからにして!」なんぞとませた事を言う。あれはね、スポーツなのよ、などと言いながら兎にも角にも楽しく帰った。

これこそがワタクシ流英気の養い方だ。又明日頑張れる。

2020年1月14日 (火)

新年会。

昨日はT先生宅での恒例の新年会におよばれした。奥様手作りのケーキに大きな鯛の活き作りなどがモリモリのお刺身皿。先生自らの畑で取れたお野菜のお浸しやサラダ。盛りつけに頑張ったと大皿にこれでもかとハムやチーズが盛られ、カナッペ用にとフランスパンまで。薄味の美味しい里芋の煮物。そこで採れたという野菜のキッシュまで。どれもこれも心のこもったおもてなしの物ばかり。本当に申し訳ない。大勢で押しかけて気付けば片付けもしないで帰ってしまった。後が大変だったろうと思う。

昔は我が家でもよくやっていた。狭い部屋に20人もの人がつめつめで入り、笑いとエネルギーに満ちていたあの頃が懐かしい。毎月のようにやっていたあの宴会はなんだったのか?今思えばみんなが若く、生きる力に満ちあふれ、人と人との繋がりを確かめ合う素晴らしい時間だった。料理好きのカナダ人Dさんがいたこともこれに拍車が掛かった。日本人には無い習慣を持ち込んでくれたのだ。吾が子ども達がその影響を受けているのは間違い無い。

そしてT先生宅では、ず~っとオペラの映像がかかっている。ニューイヤーコンサートから始まり、先日のちぇちのビデオまで、、、。ま、こっちは格好の酒の肴だ。しかし、客観的に見ると、色々発見があって面白い。舞台経験を積んできただけあって、みんなそれぞれが、舞台で自分の役におかずを付けている。知らなかったが、みんな成長しているな~と妙に感心。この分なら次回も上手く行くだろう。

ま、それにしても芸ごとはこれで良いという線は無い。もっと早くカラしっかり練習していたら、もっと完成度の高い物が出来ただろうと残念に思わないでも無いが、逆に、あれだけの練習でこれだけの事がやれるようになったとも言えるな~。

しっかりワインを頂いたが、あんまり酔ってない。行く前の、「ウコンドリンク」が効いたのか?、、、確かにあれは効く!フフフ。

 

で、本日は母の病院。行く前に夫が大学で教えている学生達の手による、お店とコラボしたオーガニックなお料理を@400-なりで試食に行く。アイデアが奇抜でどうかと思ったが、なかなか美味しくて、みんな完食していた。これをトータルで計算して結果を出すのがテーマだったようだ。収支や、お客様の反応など、実践で多くを学んだようだ。ま、若い人が張り切って何かをやっているのはそばで見ていても好ましい。

そしてそこからは病院だったが、予約してあったにもかかわらず待ち時間が長く、遂に母が愚痴を言い始めたので、ちょっと催促して早くして貰った。で、こりごりしたので、次回は母抜きで説明を聞きに行くこととした。手術まで、色々あるな~。こっちもついでに検査を受けてみようとは思っているが、、、。面倒だな~。グスン。

 

2020年1月12日 (日)

憂鬱な空模様。

朝からどうもむち打ちの症状が出て、首は痛いし鼻水は出るし、不快指数が跳ね上がっていた。

こういう時は、自分の力ではどうしようもない。娘との約束で母を喫茶店に連れて行くというのがなかったら、引きこもりになっていただろう。で、予定通り施設に行き、母を乗せて待ち合わせの場所に移動。こっちはついでにコインランドリーに持って行く物も積んでいるのだ。

そのコインランドリーにほど近い場所にお目当ての喫茶店があり、母にはおぜんざい。こっちは安倍川餅と珈琲。娘は紅茶とそれぞれバラバラの注文。それぞれ楽しんで約一時間ほど、行きつ戻りつの会話が続く。お餅は予め切って貰ったが、それでもあわや、という場面がありドキッとする。老人には気を付けないといけない。しかし、お餅が好きなんだよねえ母は。昔の人だ。

で、ようやく気分が復活して、孫べえのロボット教室まで娘を送り、そこから買い物もして母も送って行き、、、。何とか夕飯も作り。

今日も一日が終わろうとしている。これからお風呂に入って、新しく始まったドラマを観てから寝ることにしている。

プラン通りだ。

まだ行けるか。ふ。

今日の月も綺麗だった。

今日は一体何をしたかと記憶を辿り、こうして毎日のように日記を付けるのはどうやら良い事のようだ。勿論「認知症」の為に。

NHKスペシャルで認知症の研究の第一人者の医師が自らも認知症になり、「段々自分が壊れていく」のを客観的に見ながらそれでも病を止めることは出来ず、ドンドン弱っていく様が放送された。この番組は色んな問題を孕んでいて考えさせられたが、医師が、「人間は良くできているな~」と呟く場面が心に残った。徐々に自分の力では生きて行かれなくなって来て、何もかもが忘却の彼方へと行って仕舞うことを、「それは余計な物を段々そぎ落としていくことだ。」と表現する。番組の最後では、娘さんの名前を言うのが覚束なくなってきているところで終わった。しかし、この先多くの人が長生きをする時代、この手の治療法が早く見つかって欲しいとつくずく思った。

面白かったのは、患者にさんざん家族のためにデイサービスに行くことを勧めていたが、いざ自分が行くと施設の中での孤独に耐えられず帰って来てしまったという点。妻や娘に迷惑が掛かることを承知の上で、矢張り家で過ごすという。わが母が、デイで折り紙やら単純な遊びをやるのを嫌って嫌って、いつも愚痴を聞かされているが、施設のあり方、運用の仕方に問題があると思うのだがどうだろう??この医師が推奨してきたのは、きっと尊厳を守りながら多くの人と過ごす時間だと思うが、実態はそういうものではないのだ。そこまで手が回らない、というのもあるんだろうが、ここを大きく変革する人が現れないものだろうか?

 

今日息子が帰っていくのを空港まで娘に運んで貰って、こっちは市民劇場の運営会議。女性ばかり20人もいただろうか。殆どの人が知らない人だが、多くの人が積極的に発言されていて時代を感じる。議題は如何に会員を増やすかというものだが、いろいろな実態が発表されて簡単ではないと感じる。こういうものは、好きな人は好きだが、そんなの見なくても生きていけるわ、的な感覚の人が多い中広げるのは難しいのだ。文学も同じで、本なんか読まなくても大丈夫よ、と嘯いて居る人が多いというかそういう時代になって仕舞っている。活字離れが叫ばれて久しいし、、、、その結果が今の世の中だ。こうした文学に連なるものに触れて絶えず、「真実について考える人」であることが、人間にとって大切なのだと思えなくなってきているのか。

音楽だって同じ事が言える。冒頭の医師は、奥様がピアノをたしなまれて、よく「悲愴」を弾いて貰い思索に耽るようだが、認知症になってからも行っている講演会では、「ふるさと」を皆さんで歌いましょうと合唱を促す。音楽が人間にもたらす癒し効果を十二分に知っているということだろう。せっかく、人間が編み出した人としての遺産を大切に育んで行きたいものだ。

2020年1月10日 (金)

さようならの儀式。

晴れ渡った一日は、全て今日の葬儀を祝福するかのようだった。葬儀を祝福とはなんたる表現かと言われるかも知れないが、人々の為に力を尽くし人生を全うして、多くの人々に見守られながら沢山の感謝の眼差しに送られて、粛々と全てを終える事が出来たこと自体、ある意味メデタイのではないか?

親類縁者が多い上に、沢山のお世話をしてきた義兄の葬儀は、満杯の人出で溢れかえった。駐車場も大変だったようだ。家族葬にするか?という話しが出た時、義姉が大きく頭を振りそれだけは絶対反対と強く主張したのも無理はない。こうした葬儀に相応しい生き方をした人だったと言いたかったのだろう。多くの人にお別れが出来たということは、今後の義姉の生きる支えになることだろう。

父の時以来久し振りにお骨拾いをさせて貰ったが、シェイクスピアの無常観を思い出さずにはいられなかった。どんな人も死ねばこうした姿になる。その顔の下はみんなこうした骸骨だ。何を惑うことがあろうか。何を自己嫌悪することがあろうか。劣等感など持つことはないのだ。

初七日では長い一日を共有した親類縁者の主だった人々で会食。こうした時でないと会わない人も大勢いて、それはそれで会話を交わせて良かった。吾が家族も4人揃って行動出来て、そのこと自体に夫が感動していた。

全ての行事を終えて会館の外へ出たとき、既に日が暮れていて一番星が大きく輝き、余りに美しい満月に全員で驚嘆した。まるで義兄の心を象徴しているかのようだった。

 

長い長い一日が終わった。

2020年1月 9日 (木)

お通夜。その二。

一ヶ月の間に二回葬儀場に行くことになったが、今日は94歳の義兄のもの。さんざん世話になった人とのお別れは、我々家族にとっても特別な思いがある。で、暮れに帰省した息子がとんぼ返りで再び帰省。十二分にお別れしたいというのも無理はない。小さい頃は泊まりがけで川釣り三昧させて貰ったり、家族を持ってからも大いに世話になった。

そして今日は義姉から良いお話しを聞かせて貰った。最後は抱きかかえている中で息を引き取ったと言うが、ここしばらくは義兄も妄想の中に居たようだ。義姉が一人で死なないで、死ぬときは一緒に!と耳元で言い続けたという。すると、お酒をたくさん持ってこいと言うので、どうして?と聞くと、それを閻魔さんに飲ませて寝ている内に二人で手を繋いで天国に行って仕舞おう、と言われたという。泣き笑いの義姉の顔が涙でかすんだ。仲の良い夫婦だった。そのエピソードがあとの食事会で孫や子ども達からも色々聞けたが、こうして長生きすると、子、孫、曾孫とかなりの数のファミリーとなる。吾が息子が言う。「親戚が多いのはホントに良いな~。」確かに。

 

急な事で、FMの収録が間に合わず、急遽我が家でOさんが機材を持ち込んでやっつける。ホント、Oさんには大迷惑をかけた。深夜に電話を貰って、まだ作業をやっていると聞いて、申し訳ない思いで一杯になる。しかし、なんとかなるというのも凄いことだ。

 

明日も一日仕事になりそうだ。

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