2018年9月20日 (木)

焼酎が美味しい季節。

多忙な日々は秋風と友にやってきた。

今日も朝から走りっぱなし。車中で友人からある人の電話番号を教えて、と言われても、返事をする間もない。ようやく一度帰宅した時に名簿を持ち出して、車中で眼鏡をかけ直して打ったが、電話番号のみ。
昼は母に新しい施設の場所を認識して貰うために、一度我が家まで来てから移動して、「ここが今度の所よ。」と説明はしたが、はてさて、どこまで覚えてくれたかはなはだ疑問。
しかし、しばらくぶりの外食は殊の外美味しかったようだ。定食の殆ど全てを平らげて、昔話しをしきりに語る。
一度娘の家に立ち寄り、しばらく過ごした後今の施設に舞い戻ったが、道々話すことは台湾から引き揚げてきた当時の事。まるで昨日のことのように詳細に語る。特に、大きな船の下の船室で、ダニに体中を噛まれて泣き叫ぶこの時の赤ん坊だった私を必死で庇いながら守り連れ帰った事を。この話は何度も聞かされているが、その都度変化することなく、クッキリと覚えているのは凄いと思う。人間の記憶というのは、どういうメカニズムなのか?今話したことはすぐ忘れるというのに。。。
母は、そんな思いをして連れ帰ったお陰で今幸せだと言う。もしあんたが居なければ、とっくに死んでいただろうとも。まあ、そこまで思ってもらわなくても良いが、あのSさんのような境遇の人も居ることを思えば、確かに母はまだましな方だろうとは思う。
無事送り届けてから超特急で夕飯の準備をして、今度は街中のコミセンで練習中の楽団を表敬訪問。まだ暑くて、部屋はクーラーが良く効いている。そのつもりで、ズボン下を履き上着を持参しての参加だった。
今日が誕生日だという新演出家のMさんがやってきて、色々打ち合わせも出来たが、誰かとお祝いは?と聞くと、「それが無いんです~」なんぞと答える。ホントかどうかは知らないが、彼女も良い年齢になった。まだあどけない表情が残っているが、てきぱきとさばく姿を見ていると、熟してきているのを感じるなあ。別に年取ることは悪いことじゃない。これからうんと、魅力的な女性になって欲しいものだ。
帰り道、真っ暗になったレインボー通りを走っていると、今日はいつも気が付かなかった看板に目が行く。見たことも無かった面白いのがあったり、矢張り車が少ないと余裕が出るなあ。
10時頃に帰宅となったが流石に空腹を感じたので、行く前に用意していた物をがっつく。
焼酎片手に食べながらも、沢山のメールのやり取り。その中で、決まったこともあり、先延ばししたこともある。
良い事もそうでないことも一杯あった一日が終わる。

2018年9月17日 (月)

「多忙」は天からの授かり物?

今日は近々では一番の忙しさ。目が回るとはこのことだ。が、一応予定した事の全てが遣り仰せたことを喜ぼう。

朝一はシャンソン教室。ようやく秋になって歌う気になってきたメンバーたち。無理もない。道中だけでもあの暑さの中は大変だった。
とにかく一つでも新しいことの発見があればと、みんなそれなりに真剣だった。
直後はちぇち練。久し振りに昔通い詰めたサンポートの練習室が会場だった。会長はじめ、和気藹々と、でも真面目に頑張った。
そのアトは新演出家Mさんと今回の公演でもお世話になる舞台関係の人たちと打ち合わせ。まだまだ知らないことが沢山あるなあ。
一応のアウトラインが決まったところで、Mさんにあとは任せて、こっちは同じサンポートのリサイタルへと移動。
テノールYさんは高松出身で現在は関東暮らし。時々地元に帰省してのコンサートを開催している。
今日の会では、トークの中で、20年歌ってきていることを語っていらしたが、貫禄が出て来て声も重厚になって、その分迫力も出ている。
プログラムも歌曲からオペラへと移行して、それに比例して拍手も大きくなる。何と言っても、歌曲は地味だ。彼ほどの人が歌っていても、その感はぬぐえない。が、その歌曲でさえ、大きく力強い歌唱に、アリアかと紛う人も居ただろう位だった。
ちょうど最前列にちぇちのメンバーで今練習中の「星も光ぬ」をやっている人がいて、食い入るように見て聴いて、大きな拍手を送っていた。とても良い勉強になった筈だ。矢張り良い声を聴くのが歌の成長には欠かせない。
Y氏は、日本人離れした声を持ち、日本を代表するテノール歌手に師事したことで大きく育ってきている。
帰りのロビーでバッタリ、FMに良く出て下さる方とお会いしたが、「テノールを堪能しました。」と満面の笑み。ご紹介した甲斐があったというもの。CDを購入する人の列をすり抜けて帰路に付く。
駐車場から出ると、ぱらぱらと雨。しまった、今日は降らないと思い込んで、洗濯物を干してきたなあ~、と夫に電話するも応答がない。ま、仕方がないと諦めて、帰る道中病院に立ち寄りお見舞い。が、先客が居て又出直しますと一瞬で退室。まあ、二言三言交わせたから良かった。
そして、老人施設に入所しているSさんに頼まれていたカーディガンを○○タウンで購入。「明るめ」を探し、モダンなのを見つけてすぐさま購入。
夫の食事を殆ど、「放り込んだ」という形でそのまま車を回しSさんを見舞う。
Sさん。前回よりも血色がよくなっていて、童女のように喜んでくれる。カーディガンもお気に召したようで、一安心。
今まで溜まっていた鬱憤を次から次へとはき出すSさん。遂には喋りすぎたせいだろう、「喉が渇いた」と仰る。じゃあ下で買ってきますね、と言うと、「すぐ帰ってね!」と念を押される。
入室した途端出でた言葉は、「分かる?孤独なのよ。」であったことからも、如何なる日常かが察しが付く。
一切のことを他人の手を借りないと何も出来ないと訴える。先日もテレビのリモコンが見えるところにあるのに取れず、誰も来ないままず~っと待ち続けたと言う。我慢が要るなあ。
「突然こういう状態になったわけで、自立して暮らして居たときは、まさか自分がこうなるとは全く想像もしなかった。」と言われる。そうだろう。病は突然来る。
そうやって色々話しをしていると、弟から電話。ここのことろず~っと探したり見学に行ったり調べたりしていた母の新しい入所先が決まったというもの。思わずバンザイを叫びたくなった。
現在の施設は職員は全員親切で、明るく、ホントに良くして頂いて居たが、少々遠いのがたまに傷。今度決まった所は、我が家から歩いて行ける距離。これで頻繁に母と接触出来る。
1時間近くSさんのお部屋に居たため、立ちっぱなしの足が相当疲れてきたのもあり、お別れをいって退室。「握手して!」と言われて後ろ髪引かれる思いのまま帰路に付く。
運転しながら今回の母の件でお世話になった人に御礼の電話をしていると、パトカーの姿が。慌てて電話を切ったが、クワバラクワバラ。ほんとに沢山出てるもんねえ。
帰宅すると「青風」が届いていた。

2018年9月15日 (土)

忙しすぎる日々。

秋になると本業も忙しい。来店客の方、本日は皆さん何らかの身体的故障中。こちらが高齢化して来ると、当然こういう事になる。なんの不思議もない。まあ、すこしでもお役に立てて嬉しい限り。といっても、いつまで出来ることか。。。。とりあえず、運転している間と決めておこう。送迎が必要な方のお役に立てなくなったら終わりだ。

そして午後からは久し振りに母親を連れ出し、昼はパスタ屋さん。そこから移動してホームセンターを、かなりの時間歩いたが、勿論母は車椅子。となると、こっちは相当な疲労感をどうしようもない。娘がいてくれて、何とかなったが、これを全部一人では困難になってきた。夜は我が家での夕食となったがお寿司やお刺身で、あとはチャチャッと簡単に3品ほどが限界。それでも今日の母の送迎は娘がやってくれたので大助かり。
偶然の事ながら、こうして娘が近くに越してきてくれて、母に関してはどれほど助かっていることか。ま、お婆ちゃん子だったからねえ。
勿論ず~っと孫べえも一緒だったが、考えてみると、これは良い事だろう。昔のように、大所帯ではないが、こうして世代の違う大人と一緒にいて、話したり接触したりしたことが、彼の今後の人生にとって何かしらの栄養となるに違いない。
ちぇちのメンバーの中に、お孫さんが3人居て、傍から見ていても大変そうではあるが、きっとお孫さん達の将来にとっては大いに意味のあることになるだろう。ご本人の言う、「可愛いから」というのもよく分かるし、その大変さの中で、しっかりちぇちの練習にも参加し、舞台にも立ってきた彼女は素晴らしいと思う。きっとそんなお婆ちゃんもお孫さんたちの心に刻まれることだろう。心から声援を送りたい。今の苦労が報われる時がきっと来るだろう。
苦労と言えば、昔親友から、「苦労が垢になるような人生は送りたくない。」という名言をもらったが、自分自身今それを噛みしめている。

2018年9月13日 (木)

小さい秋がやってきた。

歌の勉強に二人。声とは不思議なもんだ。みんなそれぞれ色が違う。顔かたちが違うんだから当たり前かも知れないが、やっぱり不思議。これが個性なんだろうが、そこに留まっていられないのが声楽というものだろう。

その内お嬢が今夜はこっちでご飯と言ってくる。まあ、久し振りだったし、やっぱり孫べえと接触するのは無条件に嬉しい。
なんでも、足の裏に水疱が出来て、皮膚科に行って焼いてきたんだそうだ。「泣いた?」と聞くと絶対泣かなかったと言い張るが、どうやら泣いたのがホントらしい。まだ2年生だからなあ。
わいわい言いながらの夕飯はつい食が進む。
只今里帰り中のパパとテレビ電話するというので、少々慌てる。何でもかんでも写ってしまうからねえ。とはいうものの、あちらは、祖父母のお家で久し振りの水入らずの宴会をやっていて、何年もお顔を見ていなかったおじいさんおばあさんと、懐かしくお話しすることに。こういう事が出来るのも現代ならではのこと。
外は雨がしとしと降って、いよいよ秋の気配。
急に来たなあ~。

2018年9月12日 (水)

一日が早い。

昨日のSさんとの約束が気になっていたが、なんだかイマイチ元気が無いままグズグズと家で過ごした今朝。夫が、高校演劇全国一になった丸亀高校の放送をビデオに撮っていたのを見せてくれる。

これが凄かった。まずは脚本が良い。そして若者ばかりの舞台はテンポが良く、ダンスもしっかりしている。美術もお金をあまり掛けないで、しかし効果的な大道具を使っている。
そして何より胸を打ったのは、テーマだった。100年前の丸亀高校がその舞台。男尊女卑がまかり通っていた時代の女の子達が、「一人の女」として段々目覚めていく過程。当時の大事件として、「平塚雷鳥」のニュースなど織り交ぜてあり、単なる高校生の部活動のお話しに終わってないところが、素晴らしかった。これは一位で不思議でない。
終わった途端夫婦でテレビに拍手。
ちょいと元気が出たので、やおら腰を上げる。
時計を見ると11時半。又マズイ時間かなあ?と思いながら昨日訪れた施設へと出かける。途中で頼まれた物を買って、着いてみると案の定お昼ご飯中です、と言うので「出直します」と言っても「そう仰らずに、せっかく来られたんですから、どうぞどうぞ」と勧められ、結局今度は昨日とは違う大部屋での昼食タイムに遭遇した。ずらりと並んだベッドは壮観で、これほどに寝たきりの人が入って居るんだと感心。こういう場所が無いと困る人も多くいるんだろう。
Sさんは、今朝お風呂に入ったとかで、既に相当お疲れのご様子。昨日の、「すぐ来ます。」を実行してくれたと喜んでくれる。わざと、カーディガンは買わずに、次回に残して置いたが、こんどはそれを持って訪ねてみよう。出張美容もやりますよ、と約束して別れた。40年も美容業をやってきて、こういう時にお役に立てなければとつくずく思う。
で、午後はOさんのプログラムを頑張って遅くまでかかり仕上げたので、コピーに行く。いやはや、自分にこういうことが出来ようとは。
実は若い頃、グラフィックデザイナーに憧れ、通信教育の教材を取り寄せたことがある。元々好きなんだこういうこと。やり始めると、深夜2時3時と時間がドンドン経っていく。が、完成したときの達成感は良いもんだ。
さ、今日は全て終わったから、早く寝ようかな。

2018年9月11日 (火)

爽やかな秋風が吹くというのに、、、。

毎日毎日自分にとっての事件が起こる。多分そのせいで、昨日何をしたか?今日は何日でどんな予定があったか?がオボロで怪しくなって来ている。

昨日はちぇ練だったが、その前にお兄さんの葬儀の為、県外の友人が来ていて、急遽サンポートでランチとなった。10時に待ち合わせて14時まで。まあ、喋りに喋り、、、、これを喋り倒した、と言うんだろうが、ホント、喋り疲れた。何年もあってないと溜まりに溜まったお互いの近況があるわけだ。もっぱら家族のことが話題だが、そういうのを話していると、つくずくお互い年取ったねえということになる。
余りに疲れて、仮眠してからちぇち練へと出かける。この日もピアニストのお陰で、トップが誰も来ない状況でもなんとかなったが、、、。これ又ダブルパンチでのお疲れ~。
そして今日は、ある人のお見舞いに出かけた。といっても、総合老人施設、というネーミングの重度の介護が必要な人の施設だ。
そこに入って居るから、是非訪ねてあげて、と頼まれたのが葬儀の日。勿論すぐにも行こうとは思ったが、毎日毎日色々あって今日になってしまった。
比較的新しいその施設は、しかし矢張り重度の人のそれであることが、大声で叫ぶ人の声などですぐ分かった。廊下を案内されながら、ここが、介護4か5の人の施設だと説明を受けながら、知人のSさんはどういう状態なのか?全く予備知識なく出かけたので、顔を見るまで不安だった。
丁度良かったのか悪かったのか、今日はいつもより早い時間の夕飯時だった。遠くからこちらを見つめて、ぼんやりと分かるといった風情でにっこりされるが、こちらが手を取って名乗るまでハッキリとは分からなかったようだ。
しかし、予想以上に喜んでくれて、車椅子でご飯を食べながら色々話しが出来た。声はかなり小さいが、聞き取れないほどではない。何度か救急車のお世話になったらしく、手術後にここに入所しているようだ。
見れば、おかずは全て離乳食のように小さく砕かれていて、スプーンで食べる状態。しかしまだ自分で食べられるし、「おかしいでしょう?美味しいのよ、これが。」と言われる。食欲があるということは、まだ生きる希望を持っているということ。なんだかホッとした。
そのまま食事と薬を飲んで、自室へと案内される。
全く何も無いことに、まず驚いた。部屋に不似合いなテレビはご自宅から運んでくれたようだが、余りに大きくて、狭い部屋では見るのが困難だという。
後は小さな整理ダンスが一つ。ベッドと車椅子以外に、ほぼ何も無い。
殆どのことを他人の手を借りているのだが、細かく聞くと、矢張り肉親が居ないということが如何に辛いことか、実感した。かゆいところに手が届く、どころか、かゆいという訴えさえ、なかなか聞いて貰えないそうだ。そういえば、職員はみんな若い人。訓練は受けているんだろうが、、、、、そして、若いエネルギーもあるし、頼りにはなるんだろうが、、、、。母のことを考えても、心のケアが大切なんだが、と思ってしまう、、、。
「又すぐ来ますね。」と何度も別れを言いながら部屋をあとにしたが、その途端、「痛い~~~~!」という絶叫が他の部屋から聞こえてくる。この声で最初は全く眠れなかったが、今は平気になった、という。
長く独り暮らしをしてこられて、でもピアノを教えた時期もあり、明るくモダンな人だった。FMにも何度も出演して頂いたことがある。
外はもうあちこちに灯りがつき、黄昏れていた。
きっと又すぐ行こうと心に誓い、車を回す。「駄菓子」と「カーディガン」と「クレンジングペーパー」を約束したもんねえ。忘れないうちだ。。。。。

2018年9月 9日 (日)

寄席。今日の場合。

今日は無理矢理友人達に頼んで、ちぇちが大変お世話になっているK師匠中心の落語寄席に3人で出かけた。このところの憂さ晴らしの思いもあり、思いっきり笑いたいと思ったのもある。

期待通り、出演者はテレビでよく見る有名な芸人月亭○○始め、まだ新人の落語家など、それぞれに面白く堪能した。
中でも、月亭は全くそんな芸が出来る様になっているとは知らず、非常に面白く楽しめた。このままいけばかなりの落語家になる予感。まだ未熟な面はあるにしても、天性の面白さを持っている。そして落語で最も難しいであろう、「間」が上手い。
我等がK師匠も珍しく幽霊もので湧かせ、ますます円熟味が出て来たのを感じた。
だから、芸人さん達は非常に良かったんだが、あとが良くなかった。とある局の30周年記念公演だったが、そのためにアナウンサー達が沢山出て来て、お楽しみ抽選会なるものをやった。景品が少なかったのは、まあ諸事情があったのだろうと理解出来る。しかし、あなたたちリハーサルしたの?と言いたくなる進行。しらける演技?間延びしたテンポの悪い運び。申し訳ないが、そこまでの話芸で満足していた楽しい思いがぶっつぶれ!別に誰も当たらなかったから言うのではないが!
友人達も我慢していたんだろう。駐車場へのエレベーターに乗った途端爆発。みんなで文句タラタラ。
これで、3,000円は無いよねえ、とまで言い始める。しかも駐車料金は千円越え。というのも、だらだらと長く引っ張ったせいだ。無理矢理誘ったお詫びにそれはこちらが持ったが、ホント、これはない。呆れてしまった。
そもそも、芸人さん達はみんな正装。局アナ達はみんなTシャツとか、ジーパンとか、ラフは良いが、記念公演とは思えない。なんか、勘違いしてない?と言いたかった。
しかし、讃岐人は優しいんだ。誰一人文句を言わず、まあ、途中で帰る人はチラホラあったが、ブーイングというものが出ない。
なんだかねえ~~。
我々も、こう言われないように、準備というものに時間と労力をしっかりかけなくては!他人の振り見てなんとやら。ふ~っ。
出かけるときは前が見えない程の雨。帰りは小雨になっていて、、、、これからしばらく続くんだそう。やれやれ。

2018年9月 8日 (土)

歌えるしあわせ。

次々と北海道の地震被害の全貌が明らかになってくる。矢張り相当な被害だ。ただ救いなのはこの季節だと言うこと。あの酷暑でもなく、いつもの真冬の雪の降る季節だったら、と思うと速く早くこの季節の間に色々復旧して欲しいもの。

しかし、こうなってくると、最早人々の中から先日の台風洪水被害など影が薄れている感じがする。当事者にすれば、不安がいや増すだろう。まだまだ困窮している人が沢山いるようだ。
それはそうと、最近テレビで専門家が話しているのを聞いてぞっとしたことがある。今回の北海道の地震はいわゆるプレートの上ではない。予想外の場所で発生しているようだ。ということは、原発のある場所は安全な筈だが、必ずしもそうではないということ。日本のプレートは相互に影響し合って、複雑な発生の仕方をするという。だから、どこに発生してもおかしくない、世界でも類を見ない地震王国なんだそうだ。
よくぞこんな地域にあれ程の沢山の原発を造ったもの!最近もんじゅの解体が始まったが、一つの施設を完全に消去するのに30年も掛かるという。
政治家に未来をしっかり見据える賢い人は居ないのか?
やはり人間は救いようがない動物なのか?世界を見渡しても、問題のある国のなんと多い事か!?特に宗教戦争はヒドイ。人類の幸福をもっとも実現してくれるはずの宗教が、ナント多くの人々を不幸に追いやっていることか!
これが人間の限界だとしたら、悲しい。
歌でも歌ってないとやってられない。今日はH先生宅で歌の練習だ。有り難い事。

2018年9月 6日 (木)

次から次へと。。。

よくぞこれだけ震災が続くもの!やっぱり地球が何かメッセージを送っているような気がするなあ。

とにかく警報が鳴りっぱなしで、あまり驚かなくなっている。
一昨日の葬儀でも、おそらくは半分以上の人のスマホに台風警報が式場に鳴り響いた。マナーモードだと鳴る様になっているからだが、なんか異様な感じがした。
それはともかく、今日の地震は遠く北海道だったから身体に感じることも無かったが、震度7というと神戸淡路とおんなじだよねえ。
テレビで見ると、山肌が崩れて人家を覆い、まるで箱庭を間違えて押しつぶしたような具合に見える。箱庭だったら良かったが、紛れもなく人間の住んでいる地域だ。まだまだ被害が明らかになるんだろうが、又しても人間の小ささを思い知らされる。
なんか、痛いなあ~。
:ある人からメールをもらう。その人の周辺にも次々と病人や病死の人が居て、、、、辛いことが多くなったと書いてある。飛んでいきたい友人もいるが、事情が許さず悔しいとも。
最後には、「悔いのない生き方をするしかないです。」とあった。
その通り。
;今日は母に猫のぬいぐるみを持って行った。昔飼っていた猫と同じ模様の薄茶色で、持てばずしりと重い。けっこうリアル感があって、母は予想以上に喜んで、「ミーよ、ミーよ」とず~っとなでさすっていた。
これって、良かったのか?

2018年9月 4日 (火)

葬儀。

「人食いバクテリア」

なんともおどろどろしい名前だが、これが原因で急死されたと葬儀で聞く。気付いて病院に行ってから1週間というからどれほど恐ろしいものかが分かる。
葬儀は、まるでFさんの叫びが轟くかのような暴風雨の中行われた。死にたくなかっただろう。聞けば暮れに大きなイベントを控え、ご自身の活動の一区切りをそこで終えようとしていた志半ばだったわけだ。せめてそれが終えられてからなら、と本人ならずとも悔しい思いにかられる。
Fさんの師でもあり、長らく親交のあったピアニストの大御所に声を掛けられお隣同士に。読経の始まるまで様々なことをお話ししたが、この先生とも久しくお目に掛かって無く、こういう場所は本当に人と人を再会させる。他にも音楽関係の方も多く参列され、皆さん目を赤くしての立ち話し。
仏教の式が終わると、活動のお仲間がピアノと歌を。「赤とんぼ」「おじいさんの時計」。これには会場からすすり泣きの声があちこちから上がる。
そして、わが憧れのピアニストAさんの独奏。「くるみ割り人形」からの一曲は、いつにも増して素晴らしい演奏となった。本来なら拍手喝采の場面だがそれはなく、、、しかし、その場の全ての人が感動したことと思う。
仏教の葬儀でこれは初めてのこと。他にもあるのかも知れないが、これまで数々の葬儀に参列して、いつも仏教の葬儀って、何だかつまらないと思って来た。しかし、たまたま音楽関係の人の葬儀だったことからこれが実現したのだろう。個人的にはとても良い趣向だったと思う。
しかし、実は今日の読経は僧侶の声が美しく、テノールとバスが絶妙なバランスを保ち、まるで音楽のような読経だった。祭壇の両脇がガラス張りで、外の笹の葉が折からの風雨に激しく揺れるのを見ながらこの読経を聴くのはナント劇的だったことか。、、、こういう僧侶もいらっしゃるんだ。
だから、全部良かった。
補助椅子を出すほどの満席の会場。外は台風が吹き荒れて。。。。駐車場までのわずかな距離でびっしょり濡れてしまったが、Fさんの涙だと思えば、苦にもならず。。。。
「さようなら。有り難う」
あれほど吹き荒れた台風が、嘘のように晴れて、高松に住んでいることに改めて感謝。

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