2019年4月16日 (火)

神になれなかったわたし。

朝のシャンソンは何時ものように朝から元気なおばさん達と2時間ばかりを過ごす。次回の発表会のようなものも決めて、いそいそと解散した。帰宅して焼きそば何ぞを作っていると、既にどっかでおうどん食べてきた夫が、毎度のことながらプールへ行こうと誘ってくる。ふと行く気になったのは、昨日の舞台で神になりそこねた事に忸怩たる思いがあり、頭からそれを払拭したいという気持ちになったからだ。どうも自分の人生は恥多き人生のようだ。神どころか、凡人以下だ。

で、ぽかぽか陽気の車内でうたた寝をしつつ、囚人のようにプールへと護送される。風光明媚な山中のプール。久し振りに行ったが確かにスポーツは良い。殆ど泳ぐ事はせず、(出来ず)、もっぱら水中ウオーキングや水中ジムだったが、それでも爽快感はある。お風呂にも入って、再び夫の車に乗り込む。これから時々行っても良いなあ、と内心考えながら。。。


夜はようやく始まったちぇちの練習。新しい曲に取りかかって、とりあえず和気藹々、楽しい時間を過ごす。次回は極めて面白い作品だが、とりわけ今日やった部分は、H先生の訳による「気楽に生きよう」の歌詞でみんな大いに盛り上がる。それを聴いていた階下の主が、「楽しい曲ですねえ。」と言われるので、早速入会をお誘いした。まんざらでもないご様子だったが、実現すると良いなあ。とにかく一人でも多くの人と遣りたいモノだ。あの人もこの人も誘ってみよう、と今度はそれで頭の中が一杯だ。

一応2年先のプランも出て、未来が描けるのもなんだか嬉しい。さあ、いつまで自分の身体が持つか。。。。ってことですねえ。

ガンバロ。

2019年4月14日 (日)

疲れ切った。

ゲスト出演というものを全く久し振りに経験した。何が辛いって、衣装を着けたままの待ちの時間が長いことだった。本格的な重たい衣装でトイレにも行けず、することもなく、延々と待つ。勿論これは仕方がない事だが、ちぇちの公演では自分が忙しく動き回っていて、そこまで気付かなかった。結局は年齢だと思うが、この難行に段々体力が奪われて、朝の元気がどこかへ、、、、。肝心の本番になると衣装と自分の体重を支えていた膝がガクガク。腰がぴりぴりと痛くなり、我慢できずに腰痛ベルトをドレスの下に無理矢理設置。なんとか最後まで持ったという次第。とりあえず転倒しなかっただけましか、と思っても見るが、内心悔しい思いもある。ああ、これが若ければど~ってことなくやりこなせるんだろうに、、、、。昨日のゲネが本番だったら良かったとつくづく思う。ふ~っ。

舞台そのものはゲネで拝見していた通り、美しく進行し、来て下さった方から良い舞台だったというコメントが寄せられている。主宰者で主役の由季さんは見る度に痩せて、本番では完全に身体を絞って見事に軽々とパートナーに抱きかかえられクルクルと回っていた。その完璧なダンスに袖で見ていても感嘆してしまう。お相手の男性バレリーナも何故?と思う程高く高く飛んで、客席を魅了した。そして一番小さいお子さん達が一生懸命頑張って踊る姿がこれまたカワイすぎる。

とにかく、全体にとても良い舞台だった。娘の話を聞いても全く退屈することなく孫べえも見ていたようだし、大成功だったのではないか。足下が悪い天候にもかかわらず、結構な数のお客様が入りめでたしめでたし。

控え室に居ると、外を走る宣伝カーが賑やかで、こちら側とは全く別世界だった。

 

全てが終わり娘と待ち合わせして母の施設を訪問。メイクを落としてないままだったので、ものすご~い顔だったが、声で認識してくれた。というほど凄いメイクだったのだ。つけまつげは勿論、シャドウをこれでもかと入れている。息子とのテレビ電話でもギョッとされるし、帰宅して夕食中にテーブルの向かい側の夫が止めてくれ!と絶叫するほどだ。

聞けば、こういうダンサーのメイクは専門家がやるとのことで、東京から飛行機でやってきていたメークアップアーティスト。ま、これも初体験だ。

こうして今日も終わった。

明日はシャンソン教室だ。う。夜はちぇちだった!

2019年4月13日 (土)

時は経つ。

早くからお話しを頂いて居たバレエ公演にゲスト出演の日が明日に迫った。今日は舞台でのゲネプロ。久し振りにレクザム小ホールに立つ。、、、、これまで、様々な役でここに立ったが、流石に「神」は初めて。神らしく振る舞うには??どうも俗人には難問だ。しかし、衣装を着けて、メークをするとらしく見えるから不思議。小さいお子さんがまじまじと顔をみてくれる。(このおばあちゃん、こないだきたひとだよね?なんかちがうひとみたい?)てな感じだ。

どんな舞台も本番前は本当に大変だ。主役のYさんはゲストに気を使い、小さいお子さんに目を光らせ、照明さんなどに気配りをしている。しかも信じられない位の運動量だ。楽屋に引き返してきたときは大きな息を何度もしている

それにしても美しい。人間の身体を最大限美しく表現して見せるバレエ。その裏側では計り知れない訓練が必要なようだ。しかし、舞台は美しい。いよいよ成熟期に入ったかに見えるYさんの踊りも姿も息を呑むほどに美しい。新国立の男性バレエダンサーも流石に素晴らしい。なんであんなに飛べるのか?

これが無料で見られるのだが、みんな来てくれるかな?2時開演、吾が出番は3時くらいか。

夕べは母を我が家に連れ帰り、手料理を振る舞う。これが驚くほど食べてくれて、お味噌汁なんかも、「こんな熱いお味噌汁は久し振りに食べる。」と言う。矢張り施設では火傷させないよう用心しているのか?孫と摂ってきた筍の揚げ物も固いとも言わずしっかり食べていた。実際柔らかかったのではあるが。全てを美味しいと完食。これには心底驚いた。娘が言う。「あんなに何を食べても欲しくない、食べられんて、、、、コンビニのおうどん一筋二筋が一日一回食べられたら良い状態だったのに、あれは一体?」と施設に送っての帰り二人して大笑い。

確かに、訪問診療に来られた先生もビックリされた程の快復振り。「ご本人の持って生まれた生命力でしょうな~!」と言われた。勿論ぐっと老人になった感はあるが、、、、いやあ、介護の甲斐があったというものだ。

 

とりあえずおみっちゃんも明日ガンバルベ。

2019年4月 8日 (月)

うらら~うらら~うらうらら~。。。。

本当に晴れ渡った春の一日。絶好の、お歌の練習日?てことで、午前中に母を訪問してから午後はH先生宅での練習へと車を駆る。今日の高速は平日にもかかわらずケッコウ多いし、風も強く、ハンドルは何時もより緊張して持つ。着いてみれば、お花畑の中の先生宅。いつもの美味しいケーキ付き。新しい曲も何曲かやってみて、俄然歌いたくなった一日だった。やっぱり声を出す歌は発散できる。特にオペラアリアは体中を楽器として思いっきり使えるので爽快感が半端無い。先生宅の椿の木々や、その下のチューリップの花々。春が色とりどりに咲き乱れるのを目の当たりに声を出していると、日常の憂さも忘れてしまう。

帰りにイオンに寄って、思い切ってスマホの契約を切り替えようとばかり威勢良く出かけたが、一番良い時期にはまだ二ヶ月もあると言うことが分かりすごすごと帰る羽目に。まあしかし、色々お勉強は出来た。替えることは決めたが、そのためのリスクもケッコウなものがあり、猶予期間の間に例えば溜まったポイントを使ってしまうであるとか、チャージしてあるものを使い切るとか、、、、やることはある。その上に、現在の契約会社の電話担当者は、他者に乗り換えずに特別な割引をしますので、このまま継続して下さいと言う。しかし、どうなのか?月々の料金が半端無くお安くなる訳だし、今割り引いて貰ったところでその分はすぐにペイ出来てしまうからねえ。息子から、意味なく高額を電話会社に支払っているおバカな母親、というレッテルを貼られっぱなしなのもしゃくに障るしねえ。こりゃあよ~~く考えよう!だね。

2019年4月 7日 (日)

バレエ。

ひょんな事からバレエの発表会に出演することとなった。今日はその通し稽古。小さな子供からもう大人と言える程の素敵な体格のお嬢さんまで、二時間近くのバレエをたっぷり側で拝見した。これは素敵な時間だった。一番良いのは小さなお子さんも覚えた事を必死で身体で表現している。みんな真剣だが、必死で笑顔を創ろうとしているのも可愛い。こうしたみんなの中にいて、少しばかりうごめくのだが、輝く宝石の中に立っているような気がした。この年で、初めての経験をさせて頂けるとは!なんてラッキーなこと。チビちゃん達に負けないように頑張らねば!

その前に選挙にも行く。テレビで知ったが、投票率が芳しくない。実際会場はぱらぱらの人。何と言っても、選挙しても手応えが無いというのが、大きな原因だろう。自分一人が一票投じても何も変わらないと思ってしまうここ何年かの選挙結果だ。しかし、選挙は大事だ。自分の意思表示するのに他の手段が殆ど無いのだから。

大坂都構想を謳う人がそれぞれ当選している。まずは、あの人達のやる気には驚く。実際、日本に都が二カ所出来たらどうなるんだろうか?確かに良い事もありそうだ。東京に何もかも集中し過ぎているからねえ。

女性議員が大変少ないそうだが、例えばこの都構想なんてことにあれほどエネルギーを注げる人が女性に出てくるとはあんまり思えない。まあこれは個人的感想に過ぎないし、将来的にはそういう精神力のある人が出るのかも知れないが。。。。明治維新にしても、もっと昔の日本のやってきた戦いにしても、どうも日本の女性には向いてないと思うなあ。政治は、それ以外の事も多いから、もっともっと女性議員は増えて欲しいけどねえ。「女性の敵は女性」とは良く言われることだが、政治家の肩書きのある女性に対して、冷たいのは女性のような気がしている。

 

目下の所は、自分のドレスの事が気になっているおみっちゃんではある。ち~ん。

2019年4月 6日 (土)

母の歌。

今日は歌会。花見の季節とて、参加者はいつもより少ない。かくいうこのワタクシも、明日は雨という情報に急遽母を施設から連れ出し、公淵公園へと出かけた。したがって歌会への参加は大幅に遅れてしまう。

今出ようと玄関に立ったら、たまたまやって来た友人Tが「嬉しい!私も行きたいと思ってた。」と言うので吾が愛車に娘親子とT女史と母の5人で乗り込んで、予想通りの人出の中をお花見へと出かける。上手い具合に身障者の為の駐車場に停められて、車椅子で広場へと移動。いつも母を連れ出すときは人の少ない平日を選んでいたのだが、今日ばかりは暑い位の日差しの中、思い思いに敷物を広げてお弁当を食べている家族連れなどで一杯の桜広場は、何故だろう?心が安らいだ。母もその光景を楽しそうに眺めている。慌てて準備した夕べのタケノコご飯の残りと時々購入する○○チャムのお総菜だが、みんなで食べると美味しい。母の様子を見ていたT女史が、「自分で食べられるなんてお母さん、凄いわ!」と感嘆の声。勿論元気な時とは違って車椅子から助手席への移動にはホントに時間がかかるが、それでも、「自分で乗り込めるのは凄い!」と一々驚いてくれる。孫べえとボールのやり取りをホンの少ししている母を見ても、「えええ???そんなことが出来るの~?」と驚いてくれる。こういう言葉が母を励ましてくれているのが分かる。「ハイハイ、マラソン選手だったからねえ。」と笑いながらの返事も軽い。

施設で今日も担当者の女性に、「お母さん、良くここまで快復されましたねえ。私たちも驚いています。」と言われ、「皆さんのおかげです。本当に有り難うございます。」と言うと、「いえいえ、こうしたご家族の方のご協力があってのことです。」と返されて、その言葉に「おや?」と思う。こちらとしては協力している訳ではなく、むしろこちらが協力されているという認識だった。この施設はこの意味でホントに凄い。一度引き受けたからには責任を持って介護しますという立ち位置が明確だ。本当に有り難い。だから送り届けて車を玄関先に回すと、「お屋敷に帰りましたか?」と母が冗談を言うわけだ。

ホントに申し訳ないとご挨拶もそこそこに車を回して歌会の会場。熱心な発表の声が聞こえるドアをおして中に入ると何時もよりは少なめの参加者。急ぎ集中して脳内モードを短歌に切り替える。

今回の提出詠は母を詠んだが、それに対しての思いがけない好評を頂き恐縮して聞く。中には涙ぐんで高評して下さる方もいて、驚くばかりだったが、それらを聞きながら思ったのは、私の歌の評をしつつ、皆さんのそれぞれのお母さんへの思いを言葉にしておられるということ。誰にでも母はいる。それぞれの状況は違っても、共通の、「想い」はあるわけだ。そして、その母への想いはそれぞれに価値があり、それぞれに重いものだ。

自分としては、出来うる限り母を詠んでおこうという思いがあり、稚拙ながらもそれに向き合っているのだが、他のテーマと違い多くの人の共感を呼びやすいのだと想った。、、、「青風」の中にも多くの母を想う歌がある。きっと世の中には夥しい数の「母の歌」が存在するのだろう。

 

2019年4月 1日 (月)

新しきこと。

今日は来月から「令和」という元号になるという発表があり、今こうしてパソコンで変換してもすぐに出てこない位に新しい元号誕生だ。
これが4月1日に発表だったが、誰も、エイプリルフールを話題にする人もなく、マスコミはオールこの話題だ。現代のマスコミらしく、あっという間に同名の人を見つけてそれぞれインタビューしたり、忙しいことだ。

自分的には、今日から始めたことがある。それはNHKの番組モニターというものだ。募集がネットクラブから送られて来て、出来心で応募して受かってしまったわけだ。番組についての感想を長文で送ったのだが、どんなことを書いて送ったかも覚えていないまま合格通知を受け取った。さあ大変。毎月12本以上の番組についての感想を、というより評価を書き送らなくてはいけない。先日は、それの説明会なるものにも呼び出されて、細かい指示を受ける。向こう半年間のお仕事となった。はてさて、どうなりますことか?

夫婦で母を訪ねたが、この頃の母の口癖は、「頑張る」だ。有言実行で、実際食事も皆さんと一緒の席についてかなり食べて居るようだ。、、、とはいえ、今日も部屋に入ったときはベッドだし、昼間でもテレビを見るでもなく、ぼ~っと天井を見て過ごして居るようだ。早く暖かくなって、外へ連れ出したいのだが、予報では又寒くなると言う。

令和が、「梅」の季節をイメージしていると言うが、桜に早く咲いて貰いたいものだ。

2019年3月31日 (日)

ミラクル。

晴れたり曇ったり雨が降ったり今日は雷も。天気同様バタバタの生活の中で、相変わらずのドジバナを咲かせたり、色々ありながら先日は市民劇場で、「OG]というミュージカルを観た。30年以上歌ってきた場末のキャバレーのおばさん二人が、あと1週間で店じまいするという段になって、若い姪がおばさんの舞台姿をSNSで発信したらそれが思いも掛けない事態を引き起こし、突然に客席が連日超満員になるミラクルなお話し。年取ったけどまだまだ私たち行けてるわよね?という事で未来に待ち受けているだろう認知症のことやなんかも吹っ飛ばそう!とう〆になる。
ミラクルねえ。

終演後バッタリ会った知人から、「まるで蓮井さんのお話みたいだったわよねえ~」と声を掛けられる。イヤハヤイヤハヤ。

そういえば、現在我が母はあれほど危ない状況だったのに、食欲が少し戻って、点滴ももう外しましょうとなる。これぞホントのミラクルだ。まあ、母の場合は底力だろうが、、、、。


こけ枝師匠が来月の柳家さん喬師匠の公演チラシを運んで下さる。先月お誘いしていたく感動されたY先生にも早速お声かけ。さん喬師匠の愛弟子の喬太郎さんが売れに売れて、全国の殆ど全ての公演が売り切れ状態だとか。5月にその方の独演会も髙松であるが、同じく売り切れ。今落語がブームのようだ。
友人Kさんが、九州で何日も毎日落語三昧というイベントがあるからネットで調べて欲しいというので、早速見てみたら、毎年秋に博多でやっているらしい。彼女は絶対行きたい、と熱心に言ってたからあれは行くだろうなあ。私も行きたいけどねえ。遠くの予定は立たないのが現実だ。

 

本当の桜の満開はまだのようだが、晴れた日の一日を何とか母と出かけようと思っている。。。。雨が、もう止んだようだな~~。

2019年3月26日 (火)

姉妹の絆。

人間とは妙なことを良く覚えているものだ。大昔、高校一年生の時の国語の先生が入学して最初の授業で、「皆さん、今は良い季節です。はるという漢字を書けますか?」と言われ、黒板に「はる」と書き、しばしみんなの不審そうな顔を見ている。確か誰かが黒板に書きに行ったと思う。ニヤニヤしながら、小学生でもないのに当然書けるという顔の我々に向かって、その横に「張る」と書いた。勿論全員がえっ?という顔をしていると、「春」=「張る」です、と真顔で言われる。春になると物皆起きだして花にも木々にも力が漲ってくる。要するに色んなものが張ってくるんです。どうです?皆さんも張り切って登校してきたでしょう?


未だにその真偽の程は知らないのだが、この先生の愉快な授業は良く覚えていて、時にずうずう弁で田舎芝居のチャンバラのシーンをやってくれたり、、、、授業中笑いが絶えなかったのを覚えている。


確かに、春=張るというのは分かるなあ~と近頃母の施設まで歩いて行くことも多く、道中草花などが日々生き生きとして来るのを楽しんでいる。

今日は母の妹、即ち叔母から電話があり、母に会いたいというのでお迎えに行く。三姉妹が顔を揃えるのも数週間前以来かも。99歳97歳89歳の三人。ちゃんと会話が成立しているし、おかしな所は全く無い。以前はこの三人を吾が車にお乗せしてよくアチコチ出かけたもんだ。一泊旅行なんぞも何度か車で行ったし、今になってみるとそうしておいて良かったとつくずく思う。


この叔母達はとにかく明るいのが良い。流石に母は自分から話題を提供出来る状況ではないが、二人の会話を聞いては良く笑っている。有り難い事だ。

昨日ある舞台に姉妹で立ってそれぞれが独唱したと、その時の様子や感想をラインで送ってくれる。姉妹で歌をやる自体素敵なことだし、時間を共有出来ることはホントに良い事だ。いつかは叶わなくなることではあるが、こうした時間を沢山持てることは本当に素晴らしい。

人間は色んな絆で結ばれているが、姉妹の絆は特別な物で織られて居るのかも知れない。


 

2019年3月24日 (日)

身も心も暖かい一日。

晴れた朝、母を訪ねると何だか元気が無い。点滴の最中だったがかなり漏れていて腕がぱんぱんに腫れている。普通は痛いらしいが、本人は全く痛くないと言う。しばし話しをして迎えに来た娘の車に乗り込み、本日の春の音楽祭へと出かける。ちぇちの出演に多少なりとも貢献できればとの想いだったが、大した事も出来ず再び娘の車に乗って母の元へ。

春の音楽祭も長く続いていて、毎回出演者の、出演団体の多さに驚く。この中の一割の人でも吾が団体に入ってくれれば、団体として充実するのに~とは、いつも思う事。歌が好きな人は大勢居ても、オペラとなると二の足を踏む人が多い現実。残念なことだ。
ちぇちのメンバーは舞台袖で影アナをやりつつ聴いていた限りでは大した破綻も無く、予定通りの拍手を頂けていた。これが又後日ケーブルテレビで放映されるから、その時にしっかり見せて貰おう。

帰路、娘と話し合って、とにかく時間は無限ではないから、今やれることはやっておかないと後悔するよね。となる。で、母が自宅に帰りたがっているのを今日実現しようとなる。早速弟たちに連絡をして快諾して貰い連れて行く事とする。
こうして実現したしばらくぶりの自分の家。仏壇の前で黙ったまま長く動かない母の傍ら、ことさらに話題から母を外し、孫べえを交えて弟たちと歓談する。ややあって、別室に移動してティータイム。ここでも母は無口なまま。相変わらずお菓子を口にすることもなく、お茶を二口三口すするだけ。あの冗舌な母が、ただ黙ってみんなの話しを聞いている。側に居て母の気持ちが痛いほど分かることに耐えかねて、こちらから腰を上げようと促す。それでも1時間ばかり居ただろうか。素直に従って光りの庭へとゆっくり足を運ぶ母。勿論介添えが必要だが、こうして帰ることが叶ったことに感動しているのが分かる。弟が良く手入れをしている庭の花々や木々を眺めながら何とか手押し車を押して移動。、、、次回があるのか無いのか。「次はおじいちゃんのお墓参りとお花見ねっ!」と娘はあくまで明るく、それに答える母も嬉しそうに返事をしている。

今日一日、快晴だったことに感謝。

«孫効果。