2019年1月17日 (木)

10日間のアチクシ。

まさかのインフルエンザにて闘いの日々。おきまりの40度という高熱にうなされながら、この世とあの世を行ったり来たり。まあ無事生還出来たのもひとえにキツ~イお薬のお陰。それを飲むとたった一錠のくせにまるで何事も無かったかのようにその場ではす~っと症状が消える。しかし、じわじわと菌の勢いが増してきて元の木阿弥。これを繰り返すこと1週間。ようやく症状が落ち着く。
それにしても医学というのは凄いものだ。もしあの薬がないとどうなるんだったのか?あのままぷっつんしてしまうんだろうか?

2回も検査したが所謂インフルエンザ菌は検出されず、医師は症状から診て間違いないでしょうと、処方してくれた。これも不思議。
まあ、治ったから何でも良い。このまま正常になることを期待している。

10日間、引きこもっていて、水とフルーツしか受け付けない日々。全く悪夢だった。
上手い具合に吾が手帳に空白が多い時期で助かった。母のことは弟夫婦に任せっきりで、孫とも接触せず、夫に買い物を頼むだけの生活。こっちより、夫の方が参ってるようだ。
ま、油断大敵。ぶり返さないよう注意深く暮らすことを心がけよう。



2019年1月 7日 (月)

今日も晴れ。

晴れているしあったかい。シャンソン教室から帰り、思わず窓を開けた程。

我が家では孫べえとじいじがお皿を叩いて待っている。両親は仕事。自分が子育てをしていた頃を思い出す。


昨日は歌会。てっきりアルコールが出るかと思い、娘に送迎を頼んでいたが、主宰者も流石に弱ってきたか、例年率先して飲んでおられた筈だがその気配も無し。拍子はずれのまま真面目に歌会は進行。充実の時間となる。
短歌は難しい。字数が多いだけに余分におまけのように言葉を紡ぐ場合も出てくる。それが見えると大体失敗する。
今回、それぞれ事情があって参加者が少なく、矢張り多くの人と意見の交換が出来る方が偏りもなくより良い時間になる様な気がした。
そして歌評だが、勿論言葉での歌評は大切なことだ。しかし、歌会というのは、発言に対しての反応や、時には失笑、時には爆笑、なんぞというものも大事になってくる。ここを封じられると、さっぱり面白くない歌会になると思うがどうだろう。幸いわが主宰者は、折々に冗談や辛辣な意見を言い、場の空気を和ませたり緊張させたりして長時間を退屈させないような流れを作ってくれている。したがって、あっという間の4時間が流れみんな真剣に考えた後の上気した顔で解散した。
アルコールが足りない顔をしていたアチクシをおもんばかって、主宰者が二次会に勧誘。10人ばかりがぞろぞろ移動。こちらは当然のようにワインを注文して、しばし歓談。結局、帰路はそこに居たメンバーが送ってくれて、新年歌会終了。

2019年1月 5日 (土)

おもろい統計。

いつの間にか、自分の行動が記録されている。別段やましいことがないのが幸いだが、これって、ホント必要なことなの?と思うが、分かってしまえばただただ面白い。
過去一年間に自分が最も多く訪れた場所が、スーパーの次に母の施設と出たのはまあ納得。その次がコミセン。これはちぇち練の為で、これも納得。で、その次は娘のマンションと出た。、、、こうして、自分の足取りが知らない間に記録されているというわけだ。恐ろしい時代になったものだ。犯罪を企てて居る人も大変な時代になったということだろう。

まあ、しかし上には上が居て、きっとそういうことに精通した人間もいて、こういう記録をカットも出来ているんだろう。イヤハヤイヤハヤ。

今宵は娘が同窓会に行くというので、夜は孫守。
お風呂に一緒に入り、温めたいばかりに、「みっちゃんのおばあちゃんから聞いた話し」として作り話をしてみた。悪いことをすると、将来怖いことが待っていると言う話しに持って行ったら、これがメチャクチャリアリティを持っていたらしく、怖がって先にお風呂から出たのに舞い戻ってきてこっちの洗髪を側で見ている。その上、母親が帰宅しても一人では寝たくないとまで言う。眠たい限界に来ていたので、煌々と電気を点けてあっという間に寝入ったようだが、薬が効きすぎたか?
まだ、8歳だったと改めて思う。
芥川龍之介の蜘蛛の糸もついでに話したら、ますます怖くなったらしい。
このアチクシも幼少のみぎり、祖母からこの手の話しをたっぷり聞かされながら寝たものだ。ま、少しは彼の善悪感に功を奏したかもしれない。フフフ。


明日は短歌の歌会。
今日のリベンジに娘に送迎を頼んである。
あっという間に年明け5日目の夜が終わる。

2019年1月 4日 (金)

ゆゆしきこと。

このところ、一年の中で最も沢山テレビを見ているというか、聞いているのだが、お笑い番組なのに笑えないというものもある。個人的な意味の筆頭は、タイトルは知らないが、ものの価値を見極める、というもの。その正解率によって一流か二流かを決められてしまう。

中には何十億もするヴァイオリンとその辺のものを聞き比べたり、高級とされる食材を使った料理など、様々なものを比較して答える必要がアルのだ。ほぼ人間の五感に照らすものだというのがそもそも面白い。
日頃プライドの高そうな、なんでも知ってそうな芸能人とかが、外しまくるのを見てはゲラゲラゲラ。
しかし、私がたまたま見た時間帯に、「声楽」というコーナーがあった。世界にも通用するソプラノ歌手と音楽大学で勉強中のソプラノ。同じ曲を歌い、どちらがベテランかを当てるというもの。
これが、全員見事に外した。実はこのワタクシ目も外した部類。、、、しかし、これって、本当にそうなの?「歌」の上手下手なんて、小学生でもわかると思っている。聴いてる人がみんなこっちが上手いと思ったというのは、あのプロ歌手に問題があるんじゃないの?、、、と、恐ろしいことを言うアチクシ。ま、出演者たちも胸の中ではそう思っていたんじゃないのかな?
こういうことがあるから、声楽は嫌われる。、、、って、どうかしら?

2019年1月 2日 (水)

ぼ~っと生きててスイマセン。

大晦日、ひょいと時間をまたいだだけでお正月。そこを違和感なく過ごすための新しい雰囲気作りに精をだす。

気が付けばもう二日目が終わろうとしている。
うらうらとした天気が続き、人間もうらうらうかうかと、、、、これってアチクシだけ?
ま、少なくとも今日も訪ねた母も似たようなもの。昼間からベッドにいる母を椅子に誘い、持参した飲み物を渡す。カーテンを開け、シーツを取り替え少々部屋を整えると途端に冗舌になる。矢張り、これが年を取るということか。外部からの働きかけがないと、自力で気力を奮い立たせることが難しいのだろう。かくいうワタクシ目もかなりの比率で娘にお尻を叩かれている。
施設を出てから水槽の砂を購入に行く。どこのお店も二日目から開いている。恵まれた天候の中、何処へ行くのか車も多い。

賀状が今年も沢山届いている。
中には「失礼ですが、今年をもって賀状を止めることとします。」というのもある。随分若い人だが、他にもきっとそうしたいと思って居る人も多いのだろう。
確かにそう思わないでもないが、年に一度だけの繋がりの人もいて、なかなか止められない。
しかし、メールやラインで繋がっている人とは、ぼちぼち止めても良いかも知れない。そう思われないために我が家の賀状はちょいと工夫してはいるのだが。。。一時期に比べると随分減らしてもいるのだが、、、、。
昨日の元旦は毎年恒例の與田時参り。娘親子と我々夫婦の4人で出かける。恵まれた天気のせいだろう、車の数が半端無い多さ。運動場にと導かれ進んだ先に前にも後ろにも動けなくなっている車が居る。夫が外に出て誘導しようとして気付いた。ナント古いお付きあいのご夫婦だった。思わず車から降りてひょんな所で念頭のご挨拶。イヤハヤイヤハヤ。

もの凄い行列を上手くかいくぐって8歳の孫に線香の扱いや鐘の叩き方を教え、おみくじを引く。夫が読んであげるというと断固拒否されている。「読めるからいい!」見てみるとなるほど全てひらがながふってある。自分の未来が分かるということに、近頃妙に関心を持ち始めて、スマホの占いを母親にねだっている位だ。きっとその神秘に強く惹かれているんだろう。
生まれて死ぬ人間の性かも知れない。
暮れには親友のお墓にお詣りした。現実のことと認めたくないという想いもあって、1年もの間ほったらかしにしていた。しかし、これ又信心深い娘にお尻を叩かれ、思い切って花を買って出かけてみた。
その墓地は小高い丘の上にあり、四国山脈を見渡せる良い立地だった。目の前に幼い頃彼女と遊んだ土地が拡がり、一瞬タイムスリップ。
代々の氏名の端に彼女の名前が彫られてあり、それが現実のことだったと改めて思う。
実はそこへ行くのも急に決めたせいで、場所の地図を持っていなくて、おぼろげな記憶を頼りに出かけたわけだ。不安は的中して、田舎の細いクネクネ道の小高い丘は行き止まり。間違えて一本手前の道に迷いこんだわけだ。何度もハンドルを切り替えて慎重に移動しようとしたが、どうも危険。崖のようなところで途方に暮れているとその辺に住んでいる男性が、「運転代わりましょうか?」と申し出てくれる。勿論即答して代わってもらって大正解。その人でさえ、ケッコウ大変そうにやってくれて、無事難を逃れたという次第。
いやはやいやはや。
相変わらずのワタクシでアリンシタ。

2018年12月28日 (金)

どうやら暖冬らしい。

息子の家族が結婚以来初めて帰省しない冬。北の方は大雪のようだが、こちらは至って平和。陽も射して動きやすい。

昨日から我々は調子が悪い夫婦だったが、今日はちょいと復活。それに、次々と新鮮なお野菜を届けて下さる人がいて、不思議とこういう事で元気になる。立派な白菜やら大根やらを見てると、俄然料理したくなって、お掃除や賀状は横に置いて早速調理に走る。

となると、食べてもらう人も要るわけで、急遽娘夫婦をご招待。テーブルには全て頂いたお野菜が乗る。メインは鍋だが、あとは幾つか。。。有り難いこと。
「ああ、食べ過ぎた!」とお腹をさする娘だが、こういう料理はホント身体に良いものを頂いた感で一杯になる。ま、手間暇もかかるが、安心して美味しく頂けるのが何より。

そのお野菜を下さったお一人は、学校長を辞職して夫と共にボランティアに精出して来られた方。精力的に畑仕事をやってこられて、かなり自信が付いているような感じ。調理法まで伝授して頂いた。
もう一人は、ご主人が精を出されて奥様はもっぱら食べる人。それでも食べきれないと持って来て下さるのだが、この方はその上に自作のジャムや甘露煮なども持って来て下さる。
本日使用させて頂いたお野菜は、大根、白菜、春菊、サツマイモ、ほうれん草、がメインだが、明日はジャガイモやまんば、ブロッコリーなんかも頂こうと考えて居る。
ホント、薬よりもこういうのが良いってことだ。

う~んと働いて、食後寝落ちしてしまったが、ま、これも良い。

世の中明日まで動いているらしく、今日薬をもらいに行った病院は満杯。でも明日で終わると聞き、我慢して待つこと1時間半。診察は5分。会計が5分。調剤薬局で5分。。。。やれやれ。

2018年12月25日 (火)

年寄り二人、、、、。

今日は朝から二人とも体調がイマイチ。こっちもいつもに似合わず早く起きてしまう。やるべき事は一応出来るが、テンポがのろいし、次へと気持ちが移らない。合間合間に、「ああ、しんど」と声に出る。、、、これはなんぞや。

外は今日も良い天気。お陰で洗濯物や部屋の片付けはやりやすい。しかし、どうも覇気がない。ぼそぼそと朝昼晩とご飯を食べ、まあ、あちらさんはそれでも食べるだけだから良いわな~。こっちは、冷蔵庫のものをなんとかしたいし、一応一日の栄養なんかも考えて居る。だから電気圧力鍋が大活躍。豚のかたまり肉がうまく調理できたと思ったら、「これ苦手なんだけどな~」とのたまう。ようするに固いのがダメなだけで、肉は大好きな筈。特に柔らかい部分を取り分ける。その残り汁で冷凍ハンバーグを煮込み、大根もトロトロに。キューリさえも、千切りにして、なんとか食べさせようとこっちは必死。入れ歯にしたくないとかでぐらぐらしてる歯を残そうとするあまり、固いものが食べられないのだ。
そんなことを話題にしながらの食事中に、「夫婦が二人とも認知症になった」という番組が流れる。しっかりしたご長男が、そのことを本にまで書いたという。確かにな~。こういうことがこれからの日本にはままおきるだろうな~。ま、そのお二人は農家の人で、未だに大根を作って出荷できているから凄い。
わが母も認知症ではあるが、昨日訪問した友人宅では、杖だけで歩き、施設から借りていった車椅子は全く使用しなかった訳で、それだけで周辺の人から随分と褒められていた。考えてみると、そうやって他人からの褒め言葉が、何よりの励みになるのかも知れない。立ちよったおうどん屋さんでも、娘の家でもその辺の物を掴みながらではあるが、自分の足であるいていたな~。、、、そのせいかどうか、90歳の年齢差があるチビとオババが挟み将棋を始めたら、なんとオババの方が勝っている。これには驚いた。そういえば以前車の中でのしりとりも、みんなに負けてなかったな~。、、、ホント、人間の頭ってどうなってるんだろう?認知症って、どういうもの?

今日は東京から娘の家にお泊まりのお客さんが来るため、こちらは用無しで助かった。少しずつ年末らしく片付けようか、、、。ま、無理は禁物。

面白いお話し。

中学時代の友人が永く岡山で生活していたが、奥方が亡くなって生まれ故郷の実家に帰り、施設の母を時折見ながら地域の活性化の為にいろんな事を始めたようだ。児童向け英語教室やら人生相談やら図書館やら、他にも色々計画があるようだ。元々教育者で、人に物事を教えたいほうだ。納得の暮らしぶりだなあ~と思っていた。

我が母も知っている人なので、今日はお天気も良いから施設から連れ出して彼の元へと出かけた。
そこで面白い話しを聞く。
彼が、新鮮な気持ちで地域の子供達中心にボランティアを考えて、兎を飼ってみたり、庭先に目を惹くような人形を置いてみたりして、道行く子供達に声を掛けていたようだ。
このご時世、昔とは全く違ってそのあたりも新興住宅地と化していて、彼の知らない顔ばかりになっているそうだ。
ある日、ちょくちょく来る子供の一人が、「おじちゃん、不審者なん?」と聞いてくる。「学校で全員集めてこの頃不審者が出ているから気を付けるようにって、言われたで?」
それを聞いて合点したのは、近頃良くパトカーがこの辺を巡回しているな~ということ。なんのことはない。それは自分を見張っていたということかと初めて分かって、慌てて学校と警察に弁明に出かけたという。曰く、「私は仮にも学校長までした男です!」
これには笑った!
笑ったが、これは実は笑い事ではないのだろうと思った。知らない人から声を掛けられる事もなく、ましてやその人の家に招き入れられるなんてこともなく、近頃の子供達はみんな大人を見たら誘拐犯と思え、てな教育を受けている。そして、それが普通だと、一般の大人達も思っているから、知らない子供に声を掛けることもしなくなっている。昔とはえらい違いだ。私なんか、母の話だと引っ越しの度に居なくなる子供の私を捜し回るが、大概はその辺のおばちゃんの家に上がり込んでお菓子やお茶を、時にはご飯までもらっていた、と言う。
この元校長先生も、自分が子供の頃はそうだったわけだ。勿論職場である学校でも、子供の顔を見れば「こんにちわ」の挨拶はしていただろう。だから自分は違和感なく声を掛けていたようだ。
しかし、確かにご近所の知らない人からは変人と思われていただろうことは想像できる。
彼の職場の最後は教育委員会で終わっているが、事実が分かった時のショックは相当なものだったろう。
にも関わらず、申し訳ないがおかしくておかしくて、笑い続けた。
そしてもう一つ。
彼が少し前に母親を施設から連れ帰った時、丁度兎を見に来ていた子供がいたようだ。するとその母上の第一声が、「あんたの隠し子?」と真顔で言ったそうで、思わずのけぞったと言う。
その母上も、他人の子供が自分の家の庭に当然の様に居ること自体が飲み込めなかったようだ。
お前もかブルータス、状態だったというわけだ。
イヤハヤイヤハヤ。人間関係の希薄になった現代の笑い話だ。

2018年12月23日 (日)

満喫の一日。

寄席に行くと母を訪問して告げると行きたそうにしていたな~。一瞬可哀想になったが、今日ばかりは行きも帰りも運転手。これ以上何かをするのは無理だった。

落語は、失礼な言い方だが今までになく上質な中身の濃いものばかりだった。3人の落語家がそれぞれ目一杯の力を出しておられるように見えた。

特にさん喬師匠のは二席とも素晴らしいものだった。これぞ日本の伝統話芸!
内一席は人情者で、落語と言いながら泣ける泣ける。K画伯ご夫妻をお送りするため一緒に列に並んでいて偶然従兄弟にバッタリ。彼も目を真っ赤に泣きはらしていて、「感極まった!」とのこと。タイミングの悪い時だったが、お二人と引き合わせて「お久しぶり」となる。
画伯婦人は車での帰宅途中もしきりに、「ホント凄かったわねえ~。こんなに凄い落語も滅多に聞かないわねえ。」と唸っている。
それほどに素晴らしいものだった。場内はある時は水を打ったようにし~~~んとなり、その直後にはドッと笑いが来るというもの。
これほどに観客を右へ左へと操る「話芸」というものに改めて感嘆!
いや~楽しかった。
同行したY先生は良い観客振りを発揮して、笑うし感嘆符は出るしでホントに楽しんでくれた。誘ってくれてホントに有り難う!と深々と礼をされて恐縮だ。

で、画伯ご夫妻を生島までお送りして、すぐさま引き返しユメタウンへと車を走らせる。雨のせいか混んでる混んでる。何とかバタバタとすぐさま食べられるものを中心に買い物をして、家に帰ると約束通りの時間に古い友人夫婦が来て待っている。つなぎに娘を呼んでいて良かった。上手く時間を持たせておいてくれたようだ。
そこからバイキングのように色んなものを並べて宴会の始まり。近頃こういうことが簡単に出来るから良い時代だ。
およそ3時間ばかりの滞在でお二人を送り出したが、その後ろ姿に来年も会えますように、と祈るような気持ちだった。
ホント、誰の身に何が起きるか分からない時代だ。今を大切にしなくては。。。。

2018年12月22日 (土)

お通夜。

Y氏のお通夜は雨のそぼ降る中、しめやかに執り行われた。禅宗のお通夜には初めて参加したように思うが、なかなか良いと思った。僧侶の読経からして、理解しうる言葉と内容で、しみじみと心に届く。そしてお焼香が終わったら、その僧侶が所謂お説法のようなことをしばらくされる。今日はお葬式次第というものについてのあれこれを、分かり易く教えて下さった。そして戒名を何故このようなものにしたかについても詳しく。これは素晴らしいことだと思った。故人はお若く見える方だったが、79歳だったそうだ。
このY氏はお仕事を退職されてから、シェイクスピアの会のお世話を永くして下さって、ホントにキチンとまるでお仕事のようにキチンとされていた。そうやって趣味をしっかり楽しまれたということもあって、戒名に「愉」という字が入っているそうな。

帰路、シェイクスピアの会で一緒だったK女史のお誘いで、彼女のご自宅訪問とあいなる。たまたま式場の近くだったので、お茶でも、、、と言われたが、「ねえ、お腹空いてない?」と切り出されて、思わず顔を見合わせた同行のKYさんと二人。「帰りにどっかでご飯食べて帰ろうかと思ってたのよね?」とどちらからともなく返事すると、一人暮らしのKさんが急に張り切って、「わあ、それはラッキー!私滅多にご飯炊かない人なんだけど、昨日沢山炊いたし自家菜園の野菜で一杯料理したとこなのよ。良かったら食べてって!」。。。勿論二人に異存のあるはずがない。喪服のママお店入るって、ケッコウ勇気が要るし、どうしょう?と内心思っていた訳だ。「有り難う!」と即答して、そこからは大宴会。アルコールこそ無かったが、美味しいお茶も沢山頂いたし、きっと故人もこの辺で、「奥さん方、良くたべますな~」って言われてるわよねえ~なんぞと言いながら、お腹いっぱいご馳走になってしまった。Kさんがこんなにお料理好きだとは!?それに一人暮らしになられてからもこんなに手のこんだお料理をし続けているなんて!!凄い!と感嘆しながらだったが、、、、う~むゲップ。

特にカボチャのレモン蜂蜜漬け煮と、きゃらぶきの佃煮、白菜のぬか漬け、お野菜の天ぷら、おでんの大根の美味しいこと!、、、野菜中心だから沢山食べても余り後ろめたくない。喋っては食べ、笑っては食べ、、、、ホント良いお通夜が出来た。
最後のココアを飲み干して、「さあ、」と腰を上げたらなんと9時。2時間というもの、食べっぱなしだった訳だ。
そこから、体調不良で参加出来無かった方々にお届け物をしつつ最後に屋島のKYさん宅までお送りしたら帰宅は10時半。イヤハヤイヤハヤ、、、、。

明日は寄席。夜は来客だ。ふ~っ!

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