2021年9月16日 (木)

忙中閑あり。

今日は仕事もし、家事もし、レッスンもしたし自分にご褒美とばかり、午後夫が帰宅までの時間に気になっていた映画をアマゾンで見た。タイトルは「シンデレラ」ミュージカル版で、新しい演出脚本というのが気になっていた。

結論。「これもあるなあ。」というもの。あらすじは要所要所変えず、すっかり現代版にしている。作品の童話的な部分は残しつつ、しっかり現代人の考え方に塗りつぶしている。シンデレラはいじめられつつもドレスのデザイナーになりたい夢を持ち、王子からの求婚には応じられない。王子も父王からの命令に従わず、王位継承権を妹に譲ると言い、恋人のシンデレラと生きることを誓う。その他諸々の登場人物が、それぞれ自我を持ち、いじめるママ母も単純ないびりやではない。人間を立体的に描き、見る角度に寄ってまるで違う人物に見える。

今の映画らしく、魔法がかかる場面ではドレスがみるみるうちに素敵に変化するのも視覚的にいかにもマジック。

これは映画館で見たかったなあ。いかにもアメリカ映画らしく黒人を多用し、ダンスと歌で盛り上げる。その歌詞が、「楽しもう」だった。あの人の言葉が見た後に浮かんできた。「映画って、良いですねえ。さよなら、さっよなら、さよなら」

 

2021年9月15日 (水)

小事も大事に。

一つの出来事がヒョイとしたきっかけで大きくなり、収拾がつかなくなったりするのが人間社会というものだ。

昨日、ファミレスで会長と色々打ち合わせをしてから、小雨の中、自宅へと車を走らせていた。するとけたたましくスマホが鳴る。液晶画面には娘の名前。他の人からでも同じ音量で鳴っているはずが、何故か娘からの電話は騒々しく聞こえるのだ。路上駐車して話を聞くと、かなり慌てている。どうしたのかと思ったら、婿殿が包丁で指を切った、と言う。外科はどこが良いか?というのだが、病院はさっぱり分からない。たまたま友人Yの家の近くを通る時で、じゃあちょっと聞いてみてあげる、と一旦電話を切る。そしてYの家の前で電話。彼女も家から出てきて自分は詳しくないから、もう一人の友人Sに電話してみて、と言う。言われるままに電話すると、「状態は?」と聞かれる。そういえば詳しく聞いてないけど、かなり慌ててたから出血が酷いんじゃないかと思う、と確認してもないことを想像して告げる。すると、Sの側にいたそちらに詳しいご主人が、「救急車が一番良い。」と叫んでくれている。そうよね、とお礼を言って、すぐに娘に電話して、「救急車、救急車」と連呼する。すると、敵は向こうでゲラゲラ笑っている。「そこまでじゃないわよ、お母さん。」げっ!それならそうと言ってよ。となる。Yにお礼を言って、心配だからとそのままマンションに車を回す。すると二人して出てきたので、そのまま乗せて予約したという形勢外科に乗せていく。車内で初めて詳しく聞くと、どうやら少し酔いが来てたのか、鰹のたたきを切ってるときにグサッとやったらしい。包丁研ぎが趣味みたいな人だから、きっとその包丁もよく切れたんだろう。

が、治療は縫うこともなく、今流行のやがてくっつくという絆創膏の様な物で巻いただけ。痛み止めやら胃薬を貰ってジエンド。なんてこった!勘弁してよ。

近いからと、最初に声をかけた友人Y宅に三人で立ち寄ってお詫び。ゲラゲラが四人になって一件落着。やれやれ。

娘が言うには、伝言ゲームみたいになったんだね。。。。そうかも。と返事しつつ、最初が一番悪いんじゃんと思っているアチクシ。

この日夫は会議だとかで夕方早くに出ているはずだった。ということで、そのまま娘のマンションで一緒に晩ご飯。新しく買ったという白いおしゃれなテーブルを囲んで食べると、なかなか良い。小さな幸せだ。

 

事ほど左様に物事はチョットしたことで大きくなりすぎることがあるというお勉強をした日ではあった。チ~ン。

2021年9月13日 (月)

気分転換。

気持ちの良い気温で布団から出られないのもあるが、どうにも疲労感から抜け出せない。きっと運動不足なんだろうと布団の中で考える。午前中に家事をやりつつ、家事では運動にならないんだそうだから、やっぱりプールにでもいくべえ、と夫に声をかけると二つ返事で一緒に行こうと言う。本当は自分の車が良かったけれど、そこはまあ、お譲りして素直に乗せて頂く。緑が段々落ち着いてきて、のんびり乗せて貰いつつ山々の景色を見るのもまあ悪くはない。

着いてみれば今日は非常に入館者が少ない。おかげでボートこぎ100回ノックもクリア。数回の平泳ぎやクロールも出来、4週くらいはぐるぐる水中歩きも出来て、結構な運動量。適度に疲れて、お風呂にも入りスッキリ。以前の婿殿ではないが、明日が怖い。アタタアタタが出るかもねえ。

確かに気分転換にはなった。今日はよく寝て、明日から頑張ろう。

2021年9月12日 (日)

本格的ライン会議。

昨夜殆どのちぇちの会員が集まり、ライン会議。きっちり1時間だったが、事前にテーマを流していたのもあり、第一回目としてはまあまあ成功したと思う。何事も聞いて見なきゃあ分からない。一人一人の考えていることや想いを丁寧に訊くことが今後の進行にとても大切。そうした中でもポジティブな意見はみんなを牽引していく力があり、こうしたご時世でも希望が持てる。疑問や不安といったネガティブな意見も出してみて、展開もしくは解決していくことが必要だ。短時間で何もかもとはいかないが、回数を重ねることで軌道に乗せるのは可能だろう。

10時に終わって、お泊まりしている孫の面倒を見て、早速台本に取りかかったが、疲れが酷くて眠気に負けてしまう。深夜2時には眠りについたようだ。こういうことが、年齢を感じさせる。

会議の中で発言させて貰ったことの一つに、「何事も楽しんでやりましょう。」があるが、これは真実そう思っているから。早い話が、年齢に逆らって夜なべ仕事のように台本を書くのは正直辛いが、本音の部分では好きなんだ。だから、インスピレーションが湧いたり、アイデアが出た時はえもいわれぬ喜びの陶酔感に浸される。簡単でないことも、やっている内に喜びに変わる時が来る。本来歌の修行なんかもそういうことだ。難しいオペラなんかに取り組んで到底歌えるようになるとは思えないと思っても、少しずつやっていく内に段々開眼し、予想以上の力が漲ってくるのを感じるときがある。この点は多くのメンバーが既に経験済みだろう。簡単なことはすぐに出来るが、そこに喜びは少ない。

兎にも角にもユルリとちぇちが動き出した。

2021年9月 9日 (木)

秋の風?

秋かな?と思わないでもないが、なにやら蒸し暑かったり、、、、どうもスッキリしない。体調もそれに比例してぐだぐだ。そんな日に限って追い打ちをかけるように自治会からの品物が届く。丁寧に包まれた包装紙を剥ぐと、「祝敬老」「長寿お祝い」とある。今年から二人分だ。祝の方はまあ有り難い位のもんだが、長寿って、、、言葉を変えれば、長生きして御目出度う!となる。そりゃあ自分でも75歳っていう年齢まで生きられて、長生きしてるなあ、と思わなくはないが、でも、自分より長生きの人が断然多い世の中で、この単語が自分に向けられたものとはなかなかにショック。夫にそう言うと、どこがおかしい?と、もう慣れたらしい反応が。自分だって、最初貰ったときは相当ショックを受けていたと思うんだけど~?

もうこうなったら居直るしかない。ハイハイ。世間的には私は長寿ですからして、それ相応にいたわってくだされ。てなもんだ。息子に言うと必ず帰ってくる言葉は、「らしい生活してたらね。」ってことだ。いや、自分的には、かなりやれることが少なくなってきていて、どうやら家族にはいたわって欲しくて、世間的には若く見られたいのが本音らしい。この矛盾した感情のお守りをしながら暮らしていくのか。

と思っていたら、わが恩師は10歳も年上なのに、殆ど弱音を吐くこともなく、やるべき事を粛々とされている。その明るいラインメッセージを拝見して脱帽する他ない。10年後、そんなこと、出来るかしら?わたし。

 

ちぇちが公演に向けてゆるっと始動。まずはオンライン会議からだが、そのための資料として久しぶりに全曲の一覧表など作成してみた。こういうことが切羽詰まらないと出来なくなってきている。目的に向かい、そのために何をすべきか、ということが、にぶく成ってきていて、ちゃちゃっと進まないのだ。まあ、そういうことを何も言わないでも先先やってくれていたOさんとかいなく成っちゃったのも大きな要因だが。そんな愚痴を言ってても始まらない。兎に角やれるところから手を付けようと思ってる。頼もしい助っ人も現れて、きっとOさんが彼女の肩をたたいてくれてるのかも知れないなあ。

とにもかくにも出発しんこう~~。

2021年9月 6日 (月)

ピアノ連弾コンサート。

久々にピアノの大音響に身も心も満たされた。プログラム最後の章となったお目当てのちぇちのピアニストIさんはじめ六人のピアニストが、真っ赤なドレスに身を包み、ゴージャスな演奏を聴かせてくれるまでに、今がコロナ不安の中だと言うことをすっかりとは行かないが忘れさせて貰った。二時間、時々会場に流れる感染症対策のアナウンスで、今がそういう時期だとその都度思いだしはしたが、矢張り音楽は良い。忘れなきゃ、こういう時くらい。ってなもんだ。

同行した友人の都合があり、この演奏を最後に会場を後にしたが、多くの人が来場していた。なんせ、大ホールだ。出演者は見たことがある演奏家がチラホラ。にしても、ピアノ人口は多いんだろうなあ。国際ピアノコンクールのプレコンサートという位置づけらしかったが、無事開催出来ると良いなあ。あれは海外からも参加者が来るものだけど、今回はどうか?K画伯のデザインになるチラシを見ながら願わずにはいられない。

みんなが飢えている。文化芸術に。こうした中で、割合お誘いに乗って良さを享受させて貰っているが、ま、菌を貰ったらそれまでよ、ってことだ。注意してても感染する人はする。

ただ、気に食わないのは、例えば今日も嫌に緊張を強いられる。心底からのリラックスが出来ない。殆どの人がそうなんだろう。休憩時のロビーもいつものような華やぎはない。入り口近辺にしても寂しい光景。会場内は勿論小声でひそひそ。ホントにいやだなあ。一体いつになたら、以前のような状態で色んなものが楽しめるんだろう?とせんないことを内心愚痴っている。

友人をお送りして、お嬢に電話。するとふらっとお墓参りに来たと言う。邪魔になるかと一瞬思ったが、自分も車を回す。すると案の定、独りお掃除したお墓の前で泣いている。まあ、無理もない。こっちだって、施設のインスタに上がっている母の写真を毎日のように見ている。全て仕方が無いことと納得してはいるが、それでも、、、ま、こんなのがいつまで続くのか。

ある人の短歌で、「本当の別れは忘れてしまうこと、、、」というのがあったが、そういうことだろう。まだ本当には別れられない。

2021年9月 4日 (土)

リモートの不具合。

本日の短歌の歌会は自分自身のipadの調子が悪く、皆さんにはどうやら此方の声が途切れ途切れで申し訳ない場面もあった。まあそれでも1時から3時過ぎまで、活発な意見の交換があり、いつものように楽しかった。作者の想いと読者の思いがピタリと一致することはあまり無いように思うが、自らの想いに近い意見が出てくるとホッとしたり、うれしかったり、、、、自分が思ったよりも深く読み取ってくれたりするとなおさらに嬉しいものだ。

文章というのは、こういう短歌の形をとっているにせよ、散文にせよ、なかなか本心が伝わりにくいものだ。メールなんかもそうだし、結局一番良いのは対面で話すことだろう。が、そんな事を言ってると文学の存在価値がないことになってしまう。となると、やはり表現力を磨き、如何に自分の思いを文字で表すかに力を注ぐしかないだろう。

今朝は、天声人語の文章に感銘を受けた。多くの紙面が総理の退陣で埋め尽くされている中、この欄は光っていた。今回の騒動を「未開な社会の王殺し」に似ていると断じている。これは、政治家達の身勝手な言動が織りなす不毛な儀式だと。本当にそうだと思ったし、こういう政治を見て、只さえ政治離れが進む若者はますます離れていくような気がするがどうだろう?NHKの大河ドラマに登場する「この国を自分たちの手でどうにかせねば」という気概を持つ青年が生まれてくるだろうか?はなはだ怪しい。

歌会のあと、送迎が必要な顧客の予約があったが、この方は御年88歳で、昔わが家でお絵かきを一緒にやっていた方だ。短歌もされていて、話が良く通じる方だが教わることが多い。「あの頃が良かったわねえ~。」とキャンバスに向かっていた頃の思い出に浸る。あの頃はとってもゆっくり時間が流れていたような気がする。現在ご主人が入院中で、一日も早く帰ってきて欲しいとのこと。本当に仲の良いご夫婦で、お互いの弱ってきている部分を補い合いながら助け合って暮らしておられるのがよく分かる。、、、夫婦のあるべき姿だなあ。

明日は久しぶりにピアノの演奏会。心地良い音楽に身を委ね、憂さ晴らしといきましょう。

2021年9月 1日 (水)

忘れていたこと。

今日孫べえの宿題が完成したから見て、というラインが入り膨大な写真とレポートが送られてきて驚いた。まあ、ラインで送ってきた写真をプリントアウトしたのはこのレポートに登場する彼のおばあちゃんことアチクシだが、手伝ったのはこれだけだから大きな顔は出来ない。近頃は、こうして写真を撮って貼り付けるなんてことが簡単に出来るけど、そのうちパソコンで作成し、提出はリモートでなんて事になるかも知れないなあ。とにもかくにも、我が子には全くこういう手伝いをしたことがなかったので驚くばかり。ま、これもコロナ禍故の副産物だ。キクラゲの生育を見守るというのがそのテーマで、提出後はわが家にその菌床が移動してくるらしい。孫べえより上手く出来なかったら困るなあ、などと不安でもある。

夏休みの宿題に限らず、うちは夫婦で忙しく生きている時代で、ほぼほぼ子供にタッチしてこなかった。「お母さんは宿題を見ないけど、その結果は全て自分で勝ち取った物だから自信を持ってね。」なんぞと、親に都合の良いことを言って済ましたものだ。幸い、なんとか育ってくれたが、まさしく育てたのではなく、育った我が子達だ。それぞれがそれぞれの道を自由に歩いた結果、今がある。こっちは何も言えない。

しかし、そんな親子関係でも、子供達は幼い頃母親にして貰った僅かなことを覚えているものだが、その中に、毎日本を読んで寝かした事、そして毎回主人公の名前が創作されてたことなど、、、、自分の記憶でも、半分は作り話だった様に思う。そんなこと、覚えているんだ、と妙に感心している。

今日は娘が誰かと話す中で、「どんな風に育ったんですか?」と聞かれて、「殆ど放置だった」と答えたらしく、内心そりゃあないでしょう!?のこころ。だが、先日も友人と話したが、今時の親はホントに丁寧に子育てするよねえ、というもの。そもそもの生まれた時からの衛生面のことからして昔と今では全く違うし、だいたい赤ん坊を見て、「可愛い」なんて我が子に言えなかった。そんな余裕は全く無かった。かろうじて眠っている我が子を見て、可愛いと思った記憶はあるが。。。一生懸命だったことしか記憶にない。今、娘や嫁りんを見ていると、ホントに我が子が一番なのだ。これは時代のせいなんだろうか?

確かに自分に取って仕事もプライベートも何もかもが充実していた時期であり、今とは時間の流れ方も全く違う。第一若かった。

が、いよいよ来年の公演に向けて進み始めた今、忘れていたことが蘇ってきた。蘇ってはきたが、体力が著しく衰えていて、台本が進まない。考えることが多すぎるのもあるが、どうもすいすいと浮かばない。制約が多いというのもあり、これまでのようなわけにはいかないのだ。夕べ丑三つ時までかかって、第一稿は仕上げたつもりだったが、今日になって見直すと穴ぼこだらけ。なんとかガンバるしかないが、、、、。

ただ、メンバーでパソコンに詳しい人が助っ人に入ってくれて、少なくとも様式で失敗することがなくなった。これは有り難い事だ。打ち込む先から崩れていくと嫌になるが、手伝ってくれたおかげで、スムーズに行くようになった。それもこれも、昨年急逝したOさんの残してくれた資料があったからのことだ。彼の想いを引き継ぐという、極めて重要な仕事なのだ。今回の作品は。

 

夕べ、遅くにベッドに入ったにもかかわらず、つい友人から借りた本を開いてしまい、面白くて結局全部読んでしまった。内舘牧子「生まれ変わったら」はこの人のテンポの良い文章に引張られて、年齢が近い主人公の話でもあり、するっと読めたのだ。あのとき別な人生を選択するチャンスもあったが、これで良かったのか?と自問自答する70歳の女性の話。

振り返れば、確かにあれがターニングポイントだったか?と思えることが長い人生の中で、何回も訪れたことに思い当たる。もしあの時ああしていたら、自分の人生はどうなっただろうか?と愚かにも考えた次第。こうして人生は終わっていくんだなあ。

この本を貸してくれた友人の友達は、70歳で同窓生同士結婚したカップルがいると教えてくれたが、これは快挙かも。何より恋愛力が残っていたことに拍手よねえ、と別の友人も言う。

おっと、夜更かしが癖になりそう。今日はこれで終わろう。

2021年8月28日 (土)

天高く、ぶ~肥ゆる秋。

兼ねてからの約束通り、旧友と3人ではるか遠い場所までランチにお出かけ。そこを選んだ理由の一つは道中が長い方が、あっちでの会話時間が短くて良いだろうと思ったから。が、甘かった。道中でもお店でもとどまることを知らない会話が進行。11時半に入店して、退店したのは2時という盛り上がり。話すときは勿論マスクだったが、お隣の若者達はノーマスクでキャラキャラ。それもあって、重い腰を上げて退散したが、もし彼らがいなければもっといたかも知れない。居心地はとても良い。池の見えるお席で、自然体の店員のサービスも心地良い。とても美味しいおフランス料理で、ホントにこんな金額で良いの?ってくらいリーズナブル。お連れした二人とも大満足の体。紹介した甲斐があったというもの。

帰りに髙松にはないスーパーに寄り主婦三人はしこたま買い込む。帰る道々、「まるで老人ホームの介護サービスのお出かけみたいだったわねえ。」というYさんの発言に爆笑。遠からずそういうことも有かも知れないという共通認識で笑いが来るのだろう。

で、帰る早々、またしても孫べえのレポート用の写真のプリントアウトの指令が届く。そこからは新幹線の如く猛ダッシュ。なんとか夫のご帰還に夕飯が間に合ったが、食べ終わった途端ちぇちメンバーからの電話。

何ごとも勧めるための手段があり、手探りで最も良い手段を探そうとして、かなり話し合ったが、結論として、誰にでも分かる最もシンプルな手法を採ろうとなる。で、早速動いた結果、別のメンバーから、早く全体会議をやりましょうという電話がかかる。確かに。以前は公演のキックオフも毎回やったから、全員が気持ちをそろえてスタート出来たのが、今回は兎に角集まれないし、あっちでごにょごにょ、こっちでごにょごにょとまとまってない。情報の欠如が問題だった。というわけで、近々再度ライン会議をやることに。まあ、先日のはテストケースみたいなもので、可能性を探るのが目的だった。次回は人数も増やして実り多きものにせねば。

しかし、久しぶりにこうして電話であれ話すと実感が湧く。それぞれが影響し合って良い方向へ向くことが出来る。やっぱりメールじゃ駄目だ。

で、ただいまシンデレラタイムをとうに過ぎ、、、、これからは、又以前のように夜更かしのおみっちゃんになるんだろうなあ。夜しか自分の時間が持てないからしょうが無い。体力が、、、さて。

2021年8月26日 (木)

やれやれな一日。

本日、娘ファミリーに登山に誘われてきっぱりお断り。当然でしょ!こんな炎天下、只さえお疲れ気味の75歳にそれ言う?しかも仕事を終えて一服しているときの電話。当然勘弁してよ、となる。10年若ければ二つ返事で行けたのに~と思わなくもない。やれやれ。

で、彼女たちは予定通り行くには行ったらしいが、ニャント途中で婿殿がギブアップ。昨日のプールでの水中アスレチックが効いたらしい。普段使わない筋肉が悲鳴を上げたようだ。だろうね。それほど若くもないんだから。そんなことで結局頂上まで登らず降りてきたらしい。やれやれ。

こっちは夫が、「お母さんは元気だねええ」と感心するくらい家の中で動いて、ただいまヘロヘロ。頭の中には短歌のお題が回っているが、なかなかまとまらない。いつになったら降りてきてくれるのか?やれやれ。

ちぇちの練習日を探っているが、こちらもなかなかに進まない。あるコンサートのお手伝いを頼まれていたが、来年夏に延期になったと知らせてくる。故に今月の練習他色々キャンセル。やれやれ。

夏休みも延期だなんだと言われながら、雲行きが怪しくなってきたとかで、今頃慌てて宿題を手伝わされる。色んな写真を送りつけてきて、それをこっちで写真紙にプリントアウトせよとのご命令。ったく!手探りで注文通りのものを作成し今日渡したところだったのに、追加だといってまたぞろ送ってきてる。はじめは新しい事をやるのが面白かったが、ケッコウ分かるまでが大変でマジ疲れたのに~~。やれやれ。

ああ、疲れる~~。

 

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